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「体の中に森繁さんが詰まっています」 弔問客続々

2009年11月20日

写真:祭壇には大きな遺影が飾られ、大勢の弔問客が訪れた森繁久弥さんの葬儀=20日午後0時20分、東京都港区、関田航撮影祭壇には大きな遺影が飾られ、大勢の弔問客が訪れた森繁久弥さんの葬儀=20日午後0時20分、東京都港区、関田航撮影

 20日の森繁さんの葬儀には、生前共演した芸能人など多くの弔問客が訪れ、故人への思いを次のように語った。

 舞台「屋根の上のヴァイオリン弾き」のテヴィエ役を演じた俳優西田敏行さんの話 「巨星堕つ。我々にとっては地平線の先を行く大先輩だった。今はマジックアワー(太陽が沈んだ後の明るい状態)を仰いでいる状態。ありがとうございましたと言いたい。残して下さった布石を踏襲していきたい」

 俳優の伊東四朗さんの話 「この世界に入る前から森繁さんのファンで、見ていました。もう60年近くになるでしょうか。わたしの体の中には森繁さんがたくさん詰まっています。これからも少しずつ小出しに(芝居を)やっていきたい。シリアスな文芸モノでも喜劇でも、力をいれるところ、ぬくところを同じバランスでやってこられた方でした」

 「知床旅情」を歌った歌手・加藤登紀子さんの話 「私の守り神のような方でした。私は満州生まれなので、よく満州のことを話しました。一度、いっしょに行こうとおっしゃってくれた。登紀子の声はツンドラの冷たい風の声だ、と話してくれました。いつもしっかり言葉を伝える森繁さんの考えを受け継いでいきたい」

 親子同然の付き合いだったという俳優中村メイコさんの話 「本当の意味のステキな大人がいなくなってしまった。父の次に長いおつきあいの男性でした。『あなたほど、ひけらかさない教養を内に秘めて満州時代の体験も含め昭和を生き抜いた人はいません』と呼びかけました」

 プライベートで親交のあったタレント和田アキ子さんの話 「私はずっと、じいと呼んで、仕事というよりも個人的にかわいがってもらっていました。昔、素人と子どもと動物にはどんな名優もかなわない、三つともお前だ、と言ってもらいました。今年の春、いっしょにご飯を食べにいくつもりでしたが、行けなかった。96歳、大往生だと思います」

 俳優の加山雄三さんの話 「参列している時に『人生って大変だね。大変じゃなかったら面白くないんだよ』という(森繁さんの)声が聞こえた。海の仲間でもあり、仕事でもいろんなところでご一緒した。最高に尊敬に値する人で、大好きだった。存在自体が我々にすべてを教えてくれた。俳優としても人間としても、すそ野の広い富士山のような立派な人でした」

 夫の故勝新太郎さんが親交のあった中村玉緒さん 「主人がつらいとき、芸能界の父として、勝ちゃん、勝ちゃん、勝ちゃん、と言ってくれた。今日はただただ、お礼を申し上げに参りました。主人が本当にお世話になったもので。本当にさみしいです。天国で安らかに眠ってください」

 「屋根の上のヴァイオリン弾き」などで共演した俳優・歌手の西郷輝彦さんの話 「亡くなった父がやきもちをやいたぐらい、自分にとって父に近い存在だった。もう一度食事会をしたかった」

 俳優の星由里子さんの話 「映画でご一緒して、『星ちゃんって変わらないね』といつも言ってくださるステキな方だと思ってました。大往生でしたので、お疲れ様でした、と申し上げました」

 テレビドラマ「忠臣蔵」などで共演した俳優の里見浩太朗さんの話 「たくさん一緒に仕事をさせていただいた思い出がよみがえってきた。にこにこ笑っているときが多かった。森繁さんは感覚的な芝居で、いつも『計算するな』と教えてもらった。食欲旺盛な方で、京都に来るといつも『何を食べさせてくれるんだ』と。だから健康で長生きしたんですね。あらゆる面で日本の映画、演劇界をリードされた。ゆっくり休んで下さい」と話した。

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