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反骨心秘め 芸に磨き ナイツ

2009年2月27日

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写真漫才コンビの「ナイツ」=川村直子撮影

 東京の寄席の薫りがする若手漫才師をテレビで見るのは、いったい誰以来だろう。塙宣之がゆったりした口調で絶えず繰り出すボケ、土屋伸之が短く的確なツッコミ。ほのぼのしたやりとりは、ノリやスピードで勝負する大阪・吉本の漫才と、明らかに一線を画している。

 「みなさん、SMAPって知ってますか?」と、インターネットで調べた有名人の情報を覚え間違えて紹介する「ヤホー漫才」で、昨年はじけた。演芸各賞を受け、「M―1グランプリ」は決勝の3組に進んだ。

 なのに、2人にとっての「プロデビュー」も、昨年だった。「本職で食えるのがプロ」と所属事務所の先輩にたしなめられ、アルバイトをやめるまで、「芸人めざしてます」と自重していた。

 大学の落語研究会の先輩、塙が土屋を誘ってデビュー。ライブの後は事務所のスタッフに正座させられ、説教を浴びた。「学生時代は感覚で笑わせていた。金を払って見に来るお客さんは甘くない」と思い知る。

 塙は、角のような髪形を勧められたことがある。ベース漫談で活躍する兄、はなわに便乗するために。テレビに出ようともがいていた頃だった。兄に相談すると、「ブームなんてすぐなくなる。自分たちの面白いネタを作って売れた方がいいよ」。漫才への意志が固まった。

 でも、自分たちをプロデュースするには? 業界を見渡して、「東京の実力派漫才」で売るしかない、と思いついた。試行錯誤の末に、ボケ連発のスタイルを確立していく。

 舞台の柔らかな空気に似合わず、芯には反骨心が宿る。土屋はプロをめざすか迷い、大学の先生や先輩に相談したが、勧める人はほとんどいない。「反対意見を聞けば聞くほど、塙さんとやってみたくなった」

 塙は、人気ピン芸人が輩出したネタ番組のオーディションで「漫才以外をやって」と言われ、昔懐かしい南京玉すだれを披露した。後に漫才で出演し、借りを返した。

 テレビの仕事が増えても、寄席の出演は続けている。出番が近づくと、「ナイツが出る」とつぶやいた客が入ってくる。いつかは、漫才専用の劇場を東京に作りたい。そんな夢を秘め、芸を育ててくれた、生の舞台に飛び出していく。

(文・井上秀樹、写真・川村直子)

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