江戸糸あやつり人形劇団「結城座」が、同座の音楽的支柱だった義太夫弾き語りの竹本素京(1914〜2007)をしのび、28日から東京・池袋の東京芸術劇場小ホールで追悼公演を行う。演目は古典「新版歌祭文・野崎村の段」と「本朝廿四孝・奥庭狐火の段」。息子で代表の十二代目結城孫三郎は「母を心にとどめてほしいという思いを込めます」と話す。(米原範彦)
結城座は1635年に初代孫三郎が創設。この数十年、義太夫節の古典だけでなく、各時代の現代演劇などとも共作。海外公演も多く、欧州圏で評価も高い。キリ製人形をつるように黒木綿糸17、18本を配し、糸をまとめた手板で操る。操りながらせりふを語ったり、人形を離し遣い手が俳優に変じたりするスタイルもある。「おふくろは、舞台に欠かせなかった」と当代。
素京は東京・吉原生まれ。3歳から義太夫節を習って5歳で初舞台。近代青年のアイドルだった「娘義太夫」の刺激的なにおいをとどめた芸人だった。先々代と結婚し、伴走してきた。当代は「母は尊敬すべき努力家でした」と振り返る。
義太夫では、語りと三味線を完全に分業化する。なのに素京は三味線を弾きながら語った。年間を通じ、早朝げいこを自らに強いた。
40代の頃、舌がんで舌の3分の1を切除。それでも「楽しちゃうと一生語れなくなる」と、けいこを続けた。口の端から血が滴り落ちた。バチは、素京の小さな右手の小指と薬指の間を裂いた。「伊賀越道中双六・沼津」を好み「女がやるものでないからこそやりたい」と言いのけた。
今回は、15年ほど前の素京の演奏録音を使い、当代らが人形を遣う。「『奥庭』は、私の十二代目継承時の作品。それに、おふくろは派手やかなのが好きだったので『野崎村』を選んだ」
アングラ演劇の旗手らとの交流も深かった。「若い演劇人が好きで、『みんな私の子供だよ、何か食べてお行き』と、江戸弁を弾ませていた」。アフタートークには、佐藤信、西川右近、斎藤憐、福田善之、朝倉摂の“息子娘”5人がかけつける。
素京は、結城座劇の血流だった。それが欠けた今後、どうなるのか。当代は「古典では常磐津節や清元節と組んで、黙阿弥物に挑戦したい」。母の存在は大きかった。
6月1日まで。6千、4千円。結城千恵、荒川せつ子らも出演。042・322・9750(結城座)。