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〈観流〉談志・談春親子会 伝承というドキュメンタリー

2008年7月3日

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写真28日、東京・歌舞伎座での「立川談志・談春親子会」=橘蓮二氏撮影。

 冒頭、奈落から2人が並んで上がってきたさまは、まるで襲名披露興行のようだった。

 談志は年明けから体調不良が伝えられ、特に噺家(はなしか)の生命線である声が出ない。いくつかの独演会では談春が代演を務めた。この日のパンフレットにも談志は「もう駄ァー目、気力、体力何もなし、つまり談志の終焉(しゅうえん)である」と書く。

 一方、談春はいま一番勢いのある噺家の一人。講釈ネタなどのうまさは談志譲りだ。

 これが談志を聴く最後になるかも、という気持ちは客の誰にもあっただろう。談志の芸を談春が継ぐ。その儀式としてこの会を見に来た客も多かったに違いない。

 談春は一席目に「慶安太平記」から「善達の旅立ち」。旅先の言い立てもよどみなく、歯切れ良く聞かせる。とくれば次は談志の「吉田の焼き打ち」と、師弟のリレー落語を期待するのが当然。

 だが談志は絞り出すように「声がこういうわけでご勘弁を」と切り出し、おなじみの小咄(こばなし)やジョークから「やかん」へ。合間に「これが最後の舞台かも知れませんよ、冗談じゃなく」「舞台で芸人が困ってるのを見てるって、どんな気持ちですか?」といった生の言葉を挟む。楽屋に「誰か代演を頼んどいた方がいいぞ、志ん朝なんか」と不吉な言葉を投げる場面もあった。

 最近の談志はこうした高座を「おれは落語のドキュメンタリーを見せてるんだ」という。弟子に身をもって教える芸の一つと考えられなくもない。談春の二席目は談志の十八番「芝浜」。芸の伝承という、これも確かにドキュメンタリーである。

 高座の後、談志は早々と帰宅したという。最後のあいさつは談春1人だった。こうして談志は落語ファンの前から姿を消すのだろうか。

 いや、大丈夫。天才・談志がその輝かしい芸歴に「やかん」で幕を下ろすはずはない。「やかん」が談志の「イリュージョン落語」の典型的演目だとしてもだ。早くのどを治して「吉田の焼き打ち」を聴かせてほしいものだ。(編集委員・篠崎弘)

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