「落語を現代のエンターテインメントにしたい」と語る柳家花緑
人気落語家の柳家花緑が「スーツ姿でいすに座って落語ができないか」と考えている。「近いうちに実験してみたい」という。突拍子もない考えのようだが、現代落語のあり方を真剣に考えた末のアイデアだ。
花緑は最近『落語家はなぜ噺(はなし)を忘れないのか』(角川SSC新書)を出版した。落語家が噺を覚え、わがものにしていく過程をさらけ出した本だが、最終章で「スーツ落語」のアイデアを披露した。
「江戸時代の寄席は、落語家も客も同じ着物姿で座布団に座っていた。噺も昔話ではなく、同時代の噺で熱狂していた。それなら我々もお客さんと同じ洋服で、いすに座って新作をやっていいはず」
その後、客は洋服になったが落語家は着物のまま。噺も古くなり、高座と客席に距離が生まれて、落語は「伝統芸能」になった。それを原点に戻そうという狙いだ。
花緑のあげるメリットは二つ。第一に落語の枠が大きく広がる。売れた小説をドラマや映画にするのと同様に、「落語もそこに参加できる。現代のエンターテインメントとして、テレビのゴールデンの時間帯に出演できるようになるし、俳優が落語をやることも可能になります」。
第二はグローバル化だ。
「落語の国際化には着物と座布団というスタイルが大きな障害。洋服にいすならエディー・マーフィーにもできる。題材もアラビアン・ナイトでも三国志でもいい」
もちろん、デメリットも大きい。「伝統芸」というヨロイ、着物に座布団という様式美に守ってもらえなくなる。演技力さえあれば誰でも参入できるから、ライバルも増える。落語家は安閑としてはいられなくなる。
実は火曜日にレギュラー出演しているフジテレビ系「とくダネ!」の「新・温故知人」コーナーでこのスタイルを試している。亡くなった有名人のターニングポイントを落語で演じているのだ。スーツでいすに座り、手ぬぐいも扇子も使わない。
「新作をかける独演会で、近く実験的にやってみたい。最初の違和感さえ乗り越えれば、十分に勝算はあります」
著書『落語家はなぜ噺を忘れないのか』では、古典を自分のものにするための工夫や努力などを披露した。祖父で人間国宝だった先代柳家小さんらから受けたアドバイスも紹介している。商品の製造過程も原価も見せているようなもの。ここまで手の内を見せていいのか。
「大丈夫。もともと高座は恥をかきに上がるところと思ってるくらいですから」(編集委員・篠崎弘)