「枯れた芸、なんてのはやだね」と語る立川談志=御堂義乗氏撮影
老境に入った芸人はどう生きるべきか。喉頭(こうとう)がんを克服して昨年暮れ、高座に復帰した落語立川流家元、立川談志が模索を続けている。「年齢相応の枯れた芸」をかたくなに拒み、「現代に生きる落語」にこだわり続ける談志に心境を聞いた。
昨年12月14日、群馬県館林市での一門会で、談志は「へっつい幽霊」を演じた。久々の落語だった。かすれて聞き取りづらかった声も元に戻り、ファンを喜ばせた。だが談志も73歳。老いは確実に忍び寄っている。
自分ではイライラ
「声を張り上げるところなどで、以前は無意識にできていたことができなくなってる。プロだから客にはわからないようにやってるが、自分ではイライラしてるんです」
普通の落語家なら、声を張り上げる場面のない落語を選ぶ。古今亭志ん生や(先代)桂文楽、(同)柳家小さんらを例に挙げて、「晩年はやりやすい噺(はなし)ばかりになっていた。それをまた『枯れた芸だ』なんてほめるやつがいた。でもおれはそういうのはいやなんだ」。
談志は若い頃から古典落語で高く評価されたが、やがて噺の途中で登場人物の心中を分析したり、演出を変えたりという工夫を始め、現代の落語はどうあるべきかを探り続けた末に、常識で説明できない人間の心理を突き詰める独自の「イリュージョン落語」に進んだ。様式美を壊すとして古典ファンの眉をひそめさせたが、背景には「きちんとした落語はいつでもできる」との自負と、「次の段階の落語」への意欲がある。
「文楽さんの芸はここ20年ピタッと変わりません、なんてほめるやつがいる。変わらないのが何なんだ、って言いたくなるね」
ただ、先輩、ライバルが次々に世を去り、孤立感は深まる一方だ。「気がついたら周りに誰もいなくなっちゃった。(古今亭)志ん朝も、生きてたらおれみたいな方向に来ていたかもしれないな」
戦線縮小せず
「老いて小さくなった顔はさらしたくない。芸人の美学です」という一方では、「おれは晩年の志ん生師匠も文楽師匠もおじいさんとは思わなかった。やっぱり志ん生だ文楽だと思っていた」とも。思いは揺れる。「何しろ老いの初心者だからね。どうしたらいいのかわからないんだ」
「年だからって戦線を縮小するつもりはない。でも自然にそうなっちゃうかも知れない。それがひどいなと感じたら、『やめよう』ということになる。でも、フレッド・アステアみたいに、やめられないんじゃないかな。身に染みこんだものは」
親交のあった漫画家の手塚治虫氏が晩年、「丸が描けなくなりました」と打ち明けたことがある。談志は「先生しか描けない丸を描けるんじゃないですか」と励ましたという。今は自分が同じ立場になった。「当時、自分でもわかって言ってたのかどうか。自分でもこのノドの故障ゆえ、また老いたということゆえに、また新しい芸ができてくるだろうと、それが何より楽しみなんです」
昨年は聞き書きによる自伝『人生、成り行き』を出した。落語家志望の若者たちのバイブルとなった『現代落語論』(65年)、続編『あなたも落語家になれる』(85年)に続く本も執筆中だ。「これが最後の本でしょう」というのは寂しいが、一方では今年は久々の独演会を考えているという。「全部自分でやりたい。談志ですから」(編集委員・篠崎弘)