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あのとき落語が変わった 78年、円生の落語協会分裂騒動

2009年5月30日

写真落語協会脱退の記者会見で語る三遊亭円生(中央)。右は古今亭志ん朝=78年5月表拡大  

 オーソドックスな古典派から、何が飛び出すかわからぬ新作派まで、現代の落語家は多士済々。「落語ブーム」なんて呼ばれるいまが当たり前と思うなかれ、下手すりゃかしこまって鑑賞すべき「古典芸能」になっていたかもしれないのだ。もし、保守本流のあの人が、反旗を翻さなかったら。(井上秀樹)

 金びょうぶを背にした黒紋付き姿の男たちが、報道陣の前に並んでいた。78年5月、東京・赤坂プリンスホテル。古典落語の第一人者、三遊亭円生が突如落語協会脱退を決めた。記者会見では、人気落語家を連れ出して「落語三遊協会」を発足させる、と打ち出した。

 「原理主義者」と呼ばれるほど円生は芸に厳しく、落語協会の会長時代は実力のない落語家を真打ちにさせなかった。会長を継いだ五代目柳家小さんは一転、大量の若手を真打ちに昇進させた。円生は強く反対し、たもとを分かった。

 マスコミは「落語協会分裂騒動」と書き立てたが、大勢はあっけなく決着する。古今亭志ん朝を始め新協会に参加予定だった主な落語家は、次々と落語協会へ復帰となった。円生は弟子たちを率いて奮闘するが、約1年後に急死した。

 この騒動が、一人の奇才落語家を花開かせる。

 三遊亭円丈、当時33歳。円生に入門し、分裂騒動の2カ月ほど前に真打ち昇進したばかり。円生の死後、落語協会に復帰した。

 騒動のさなか、新作落語のネタおろし会「実験落語」を始めている。

 「一生を賭けるんだったら、自分しかできない落語をやりたい」が、円丈の信条だ。落語人気は下降しているのに、昔ながらの古典ばかりが評価され、演じ手も古典をなぞるばかり。新作といえば、鈴木君と山田君が会話するような、台本作家による古典の焼き直しが目立った。「現代を感じない。もっと面白くできるのでは」。潜在能力を引き出せていない新作がもどかしかった。

 むしろ、SF小説や赤塚不二夫の漫画に「現代の落語」のにおいをかぎ取った。「落語以外から引っ張ってくるしか、古典を超えられない」

 アクション映画を古典の所作で再現する「ランボー怒りの脱出」、架空の原住民語だけで会話する「アマゾンの朝は早い」……。試行錯誤の末の自作落語は、古典にはない自由な発想と表現に満ちていた。

 新作で人気の若手落語家も、青春時代に円丈の洗礼を浴びている。

 古典が醸す「江戸の粋」がピンと来ない静岡出身の大学生、春風亭昇太は「即興詩人」に引き込まれた。「語り、ストーリー、題材。落語ってのはこんなに面白かったんだ」

 高校生の柳家喬太郎は、テレビの演芸番組「花王名人劇場」で「グリコ少年」を見ている。「刺激的だった。円丈が現れなければ、そこまで新作にはまらなかった」という。

 昇太や喬太郎、円丈の弟子の三遊亭白鳥、林家彦いち、と新作を志す若手は円丈の新作落語会に出るようになった。この4人を中心に結成したグループ、創作話芸アソシエーション(SWA)は、若手新作派の中核になっている。

 上方落語の桂三枝も、円丈に影響を受けて「創作落語」を始めたことを自伝で明かしている。

 「メーンは古典。あくまで新作は添え物に」と円生に諭されていた円丈は、分裂騒動で境遇が揺れ動くうち、新作への意を決した。もし、円生が落語協会に残っていたら――。「ここまで新作を極端にやらなかった。中途半端な新作と古典の二刀流になっていたでしょうね」

 分裂騒動は更なる余波を呼んだ。83年、今度は小さんの弟子、立川談志が落語協会を脱退した。分裂騒動をきっかけに協会が導入した真打ち昇進試験で、弟子が落ちたことが引き金とされる。一方で談志も、保守的な落語界の現状に「大衆に置いてきぼりを食ってしまう」と、円丈と同じ危機感を抱いていた。

 談志は弟子を連れ、新団体「落語立川流」を作った。古典に加え新作も一級の演目を作り続ける立川志の輔、本格的な古典で頭角を現した立川談春、映画を落語の世界で再構築した「シネマ落語」の立川志らく。花も実もある落語家が育っている。

 名跡の復活や大規模な落語祭で、05年ごろから言われ始めた「落語ブーム」は、SWAや立川流など個性あふれる面々の活躍が新たな落語ファンを増やしたことも大きい。

 ところで、円丈はここ数年、「百年目」「文七元結」といった古典を演じている。円生の薫陶を受けた弟子が減ったことへの危機感からだ。「僕は二つの立場がある。新作のリーダーと、三遊亭の流れをくんだ落語家と。古典に新しい味付けをしてリフレッシュするのも義務なんだ」

 新作で活性化した落語人気の礎が古典を絶対視していた円生とあっては、本人は草葉の陰で渋い顔をしているかもしれない。とはいえ、円丈や喬太郎ら新作派が古典を大事にしているのは、話芸を次代に伝える芸人の魂が、円生以後もしっかりと受け継がれている証左なのだろう。

■人間の矛盾つく根本は不変 京須偕充さん(落語プロデューサー)

 落語の歴史で見るといまはブームなんでしょう。現在は客の方が落語の面白さを知ってブームを起こしている状態です。落語の好みは客によって変わってきます。これからの落語はストーリーや登場人物をどう描写し、笑いを作るか、とコント化していくと思います。聴き手がわかるよう、時代に合わせてアプローチを変える必要があるでしょうね。ただし、人間の行動、考えの矛盾をとらえる根本は変わらない。そこは固めておかないといけません。

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