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「ミソラ発言」いま語ろう 元NHKアナ生方恵一さん

2009年11月16日

写真元NHKアナウンサーの生方恵一さん。自宅の書棚には歌謡全集が並ぶ=練馬区写真「ミソラ」発言を講談にした田辺駿之介さん

 紅白歌合戦の総合司会をつとめた元NHKアナウンサー生方(うぶかた)恵一さん(76)が来月5日、上野の寄席で「あのとき」を語る。1984年12月31日、第35回紅白歌合戦の放送終了間際に起きたハプニングのことだ。「ミソラ発言」と騒がれ、アナウンサー人生が大きく変わった生方さん。あのときなぜ間違えたのか――。四半世紀たったいまも、自分に問いかけている。

 「放送の仕事は消しゴムが効かない怖さがある」

 練馬区西大泉の自宅で生方さんはそう語った。現在の肩書はフリーアナウンサーだ。

 ハプニングは、84年の紅白を締めくくろうというクライマックスで起きた。「引退宣言」をした都はるみさんのラストステージ。アンコールが終わり、どよめきと拍手が鳴りやまぬ中、「もっともっとたくさんの拍手を、ミソラ……」とやってしまった。

 生方さんによると、台本には「はるみさん」と書き込んであったという。

 「でも、ロウソクの炎が燃え尽きたように崩れ落ちていくはるみちゃんの姿を見たとき、美空ひばりに並んだな、ここはきちんとフルネームでなければいけないな、ととっさに思ったんです。その結果が『ミソラ』でした」

 視聴率は過去10年間で最高の78.1%。が、正月のテレビは「世紀のトチリ」に明け暮れ、笑いのネタにされた。

 生方さんは85年7月、大阪転勤の内示を突然受けた。部長級から局次長級への昇格。だが、マスコミは「これが本当の『都落ち?』」と書き立てた。翌月、NHK退職。民放の専属アナとなった。

 今回のイベントは、「司会協会」の後輩でもある若手講談師の田辺駿之介さん(30)が、紅白が60回を迎えるのを記念して企画した。田辺さんの講談の前に、対談の形で生方さんが当時を語る。

 生方さんはいう。

 「あれから25年。あのときのことを知っている人も少なくなりましたが、あのことがあったおかげで僕は人生を深く生きることができた」

 講談「紅白歌合戦」と題して上野広小路亭(台東区)で12月5日午後6時開場。木戸銭は前売り・予約が2千円、当日2300円。全席自由。問い合わせ・予約は田辺駿之介事務所(03・3681・9976 FAX兼)へ。(小泉信一)

    ◇

 生方さんによると、84年の紅白の台本は188ページ。「感動」を演出しようと、都はるみさんがアンコール曲を歌う場面の178ページは空白だった。アンコール曲を歌うことを都さんは最初了解していなかったという。

 12月31日の当日。白組が終わり、紅組のラスト、都さんが「夫婦坂」を熱唱する。会場から「アンコール」の声がわき起こる中、舞台に躍り出た白組司会の鈴木健二さんが「私に1分間、時間を下さい。いま交渉してみます」と絶叫。泣き崩れそうになる都さんを支え、「1曲歌う気力がありますか。お願いします。お願いします」と説得した。

 都さんが同意する直前、アンコール曲「好きになった人」のイントロが流れた。異様な盛り上がりの中、都さんは2番だけをやっとのことで歌い終えた。「ミソラ」発言が飛び出したのはその直後だった。

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