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ヅカ★ナビ!

2度目からが面白い? 宝塚雪組「ロシアン・ブルー」

2009年10月9日

  • 中本千晶

写真拡大宝塚大劇場公演「ロシアン・ブルー」より=撮影・岸隆子

 この舞台、8月に宝塚大劇場でも観劇したのだが、そのときはコメディーをお気楽に楽しむだけで終わってしまった。背後に何やらありそうな気配は感じ取ったものの、それがいったい何なのかは、わからなかった。

 ところが、9月に東京宝塚劇場で再び観劇したら、面白いではないか! お気楽コメディーの下に隠れているメッセージ、ちょっとしたせりふの一言一言の深い意味を感じ取ったとき、この舞台への印象はまったく違ったものになったのである。もちろん、大劇場公演を経たことで、コメディーとしてもパワーアップしている。

 一度だけで理解できない作品はいかがなものか?という向きもあろう。だが、何度も観劇するファンにとってはオイシイ作品だ。おまけに、ちょっとした歴史の勉強にもなる。リピーターの多いタカラヅカなら、こんな作品もアリなのではないか。

 幕開きは18世紀末のロシア、魔法使いの一族たちが歌い踊る場面からはじまる。オーバート(水夏希)とイレーヌ(愛原美花)も仲睦まじく踊っている。そこに、「魔女狩り」の一群が襲いかかる。イレーヌは、オーバートに指輪を手渡し、ふたりはそのまま生き別れになってしまう。

 ここで場面は1917年のロシア革命、さらに1937年、スターリン時代のソビエト連邦へと転換する(この素早い場面転換が重要なのだが、一度では見逃してしまいがちだろう)。

 この間、魔女狩り時代に北へ逃れたイレーヌの一族は、「権力の中枢に取り入る」ことで生き延びる道を選んでいた。いっぽう、オーバートの一族は「魔女狩りのない自由な世界」を求めて海を渡る道を選ぶ。

 そして1937年、「オーバート」の末裔がアメリカ民主党下院議員の「アルバート」となって、「イレーヌ」の末裔がソビエト連邦の中央芸術事業局局員の「イリーナ」となって、百数十年の時を超えて再会する、というわけなのだ。

 この時代、まだ米ソの冷戦には入っていないから、アメリカは民主党・共和党ともに革命後の政権に取り入ろうと必死である。

 アルバートの目的は、自らが率いるレビュー団のソ連公演「アメリカ合衆国はロシア革命20周年をお祝いいたします」を成功させることで政治家としての実績を上げることだ。だが、これが「鉄の女」イリーナたちのお役所的対応に阻まれてしまう。

 アルバートとイリーナは互いの業務上の目的遂行のために、それぞれ、お手製の「惚れ薬」を飲ませようとするのだが、間違って自分が飲んでしまい、ふたりは恋に落ち…。

 ちなみにアルバートには、代々お仕えしているという執事とメイドがいる。どこまでも忠実な執事ヘンリー(彩吹真央)と、お転婆なメイド(大月さゆ)の兄妹、レトロなのに妙に今風な存在がオカシイ。

 20世紀のふたりにも「魔女狩り」の手が忍び寄る。それが、ソ連共産党中央委員として実権を握るエジェフ(未来優希・実在の人物)と、彼と癒着するアメリカ共和党の面々による「粛清」だ。だが、アルバートとヘンリーらが、逆に「惚れ薬」の力で彼らに一泡吹かせてしまうところが痛快。

 そんなアルバートとイリーナの恋が物語の縦軸とすれば、横軸には米ソの演劇人たちの交流がある。お堅い当局に阻まれて公演ができず、落ち込むアメリカのレビュー団の面々が、希望を捨てないソ連の劇団の面々に逆に勇気づけられていく。

 これがまた一度観ただけでは、誰がアメリカ人で誰がソ連人かわからないのだが、二度目に判別がつき始めると面白いのだ。アメリカ側が、典型的なアメリカ人役者のダーリンと、対照的なソ連演劇マニアのロジャー(沙央くらま)、ソ連側には皆を明るく励ます演出家のグリゴリー(音月桂・実在の人物)、日本から来た佐野碩(彩那音・実在の人物)。それぞれに生き様があり、物語のなかでの役割がある。

 ソ連側に実在の人物が巧みに織り交ぜられていることでリアリティが増している。ロシアという国が元来持つ文化の豊かさ、それゆえのこの時代の人々の苦悩が窺える。

 そして、この縦軸・横軸を通じて八面六臂の大活躍をするのがスターリン…のそっくりさん役者、ミハイル・ゲロヴァニ(この人も実在の人物)である。舞台に掲げられる巨大なスターリンの肖像画が、逆にゲロヴァニを演じる那鳥怜そっくりに描かれているのに笑ってしまう。スターリンをコメディーにしてしまうとは! 冷戦時代が子どもの頃の記憶にある私としてはいささかビックリ。あるいは、それだけ時が過ぎたということなのか。

 一連のすったもんだが決着をみた後、アルバートとイリーナは互いの想いを胸に、別れを告げる。アルバートは海を渡ってアメリカへ、イリーナはモスクワへ。

 だが、この後ふたりは決して会うことはないだろう。なぜなら、ほどなく米ソは冷戦時代を迎え、ふたりの間を「鉄のカーテン」が阻むのだから。そう考えると、ふと哀しい気分になってしまうラストシーンなのである。

レベル:
★★★(上級編)
分野:
ちょっとマニアな世界史
対象:
歴史の時間、授業の余談で語られる小ネタばかりを覚えてしまうタイプだったあなた。

ステップアップのための宿題:
タイトルに使われている「ロシアンブルー」はいうまでもなく猫の一種。グレーの毛並みにグリーンの瞳の、ほっそりとした上品な猫だ。かつてロシアの貴族に愛されていたといわれ、第二次世界大戦後に絶滅の危機に陥ったが、その後は他の種との交配などによって数が増え、現在は日本でも人気の猫だ。ちなみに、ポスター等に登場しているロシアンブルーは、雪組・沙央くらまさんの飼い猫だそう。

     ◇

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プロフィール

中本千晶
フリージャーナリスト。67年山口県生まれ。東京大学法学部卒業。株式会社リクルートで海外ツアー販売サイトの立ち上げおよび運営に携わる。00年に独立。小学校4年生のときに宝塚歌劇を初観劇し「宝塚に入りたい」と思うも、1日で挫折。社会人になって仕事に行き詰まっていたとき、宝塚と再会し、ファンサイトの運営などを熱心に行なう。宝塚の行く末をあたたかく見守り、男性を積極的に観劇に誘う「ヅカナビゲーター」。
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