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ステージレビュー

夜明けまで眠りたくない余韻「マイ・フェア・レディ」

2010年11月16日

  • 文・玉岡かおる
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写真:「マイ・フェア・レディ」2005年公演より=(C)東宝演劇部拡大「マイ・フェア・レディ」2005年公演より=(C)東宝演劇部

 大阪・梅田芸術劇場で、大地真央主演の「マイ・フェア・レディ」を見た。ご存じ、下町の花売り娘が言語学者ヒギンス教授との出会いによって洗練された貴婦人へと磨き上げられる、女なら憧れない者はないシンデレラ・ストーリー。ため息が出そうなドレスもさることながら、「運がよけりゃ」や「夜明けまで踊り明かそう」など、誰でも一度は耳にしたことのある軽快なスタンダード・ナンバーが忘れられない名作である。

 1956年にブロードウェイで初演の幕を開けたこの舞台は、日本でも歴代の主演女優にバトンタッチされ、1990年に大地イライザが受け継いでからはついに今年で20年目を迎えることになった。彼女自身、宝塚に在籍したより長い時間、イライザを演じてきたわけで、俗な言葉で言うならまさに“ハマリ役”。

 おそれ多くも、私も彼女と同世代。女が年齢を口にするのは無粋だが、こんなにキレイで豪華で力みなぎる同世代を目の当たりにすると、ふだん縮こまりがちな背筋もぴしっと伸びて、頭のてっぺんから声が出せそうな勢いがもどってくるというもの。ああ、女はいくつになってもキレイでいなきゃ、と全身に元気がわいてくるのだ。

 とりわけ、淑女への特訓の成果を試しに出かけるアスコット競馬場のシーンは最大のみどころ。まるで「ここにおられるお方をどなたと心得るか」と言わんばかりの派手派手しい登場は実に日本人好みなのである。ここでお里のバレる下町言葉を連発してしまい、きわどく周囲から疑念の目を集めてしまうイライザ。にもかかわらず、競馬への純粋な興味に打ち勝てず、いきいきはじけてしまう活発な娘としての大地は、コメディエンヌの面目躍如といえるだろう。彼女が次にどんな言葉を発して切り抜けるのかバレるのか、予測できるというのに笑いをこらえてハラハラ期待してしまうのだ。もうこれは完成された大地イライザ、一種の様式芸と言うほかはない。

 だが他を圧倒し余人には替えられない存在感だけに、彼女をとりまく人物群には、正直、ハードルの高い作品かもしれない。

 たとえば、すっかり彼女の魅力のとりこになってしまう青年貴族フレディ。ただ彼女と同じ町の空気を吸うだけで幸せ、とまでのぼせ上がる若者と、恋の三角関係を作るには始めから勝負が見えてしまうのは、大地イライザの完成度の前にはいたしかたないことなのだろう。

 20年の節目でこの役を卒業、との宣言を思い出すのはこんな時だ。慕う教授との共同作業の特訓のすえ、成果が実った喜びに、うれしくて眠れない、と踊り出す「夜明まで……」のみどころも、達者すぎる芸が、かえって少女の素朴な感性を表すには重いのかなどと、贅沢なことまで深読みするのもそのせいか。

 そう考えると、石井一孝演じるヒギンズ役は予想を超える大健闘と称えたい。決して横綱に食われることなくその存在感を出し切ったばかりか、知識人のはがゆい思い込みや勝手な理屈をコミカルに演じ、人の出会いと心のゆくえの不思議さを存分に楽しませてくれた。王子様でも英雄でもない男に恋してしまう女心の必然を、じゅうぶん納得させてくれる熱演で大地イライザを輝かせた。

 この舞台を一言で言うなら、人に元気と幸せをくれる最上の夢、に尽きる。もう一度見たくて劇場に翌日の券の有無を確かめたのだが、なんと返事は「やっておりません」。大阪は一夜限りの夢として、我々のイライザは去って行ったのだ。次はどこで会えるのか。余韻で眠れず、夜明けまで、残像とともに踊り明かすほかはない私だ。

◆「マイ・フェア・レディ」

《東京追加公演》2010年11月17日(水)〜2011年11月20日(土)
詳しくは、「マイ・フェア・レディ」公式サイトへ

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筆者プロフィール

玉岡かおる
 作家。大阪芸術大学大学院・客員教授。兵庫県三木市生まれ。神戸女学院大学卒業。1989年、神戸文学賞受賞作の「夢食い魚のブルー・グッドバイ」(新潮社)で文壇 デビュー。「タカラジェンヌの太平洋戦争」(新潮新書)など著書多数。長編「お家さん」(新潮社)で第25回織田作之助賞受賞。  公式ホームページは http://tamaoka.info/

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