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ステージレビュー

安蘭けいの歌の力にパリが見えた「エディット・ピアフ」

2011年1月30日

  • 文・岩村美佳
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写真:ミュージカル「エディット・ピアフ」より=撮影:田中亜紀拡大ミュージカル「エディット・ピアフ」より=撮影:田中亜紀

 安蘭けい主演のミュージカル「エディット・ピアフ」が銀河劇場にて公演中だ。フランスの伝説のシャンソン歌手エディット・ピアフの生涯を、ピアフが歌った名曲の数々で紡いだ作品になっている。ピアフの人生を辿りながら展開していく構成で、深く関わっていった人々が次々に現れていく。

 安蘭の歌の力が最大限に生かされた作品だ。「安蘭けい」が歌うシャンソンではなく、安蘭が演じる「ピアフ」が歌うシャンソンというのが一番の見所だろう。出演者はミュージカルを中心に活躍する浦井健治のほか、ストレートプレイを中心に活躍する実力派が揃っている。安蘭は15曲程のシャンソンに心情を強く刻み続けていくが、ミュージカルといっても芝居色が強い。役者達が素晴らしいだけに、それぞれの芝居をもっと見たいと思うのは贅沢か。安蘭と浦井のシャンソンのデュエットも聞きごたえがある。

 1935年頃のパリ、場末の地区ベルヴィル。親に捨てられ宿もなく悲惨な人生を送るエディットは、路上で歌って日銭を稼ぎ、義妹のシモーヌ(佐藤仁美)と暮らしていた。力強く生きる彼女の歌に、街ゆく人々は足をとめる。高級街にある人気キャバレーの支配人ルイ・ルプレは、エディットの歌に魅せられ、自分の店の舞台に立たせた。「エディットの歌には毒と真実がある」とルプレは絶大な信頼をよせる「ラ・モーム・ピアフ」と名付けられたエディットは一夜で話題の歌手となり、底辺の生活からスターの道へと歩みはじめることになる。

 ピアフは、常に愛を求めていた。心の中で自分を捨てた母(床嶋佳子)を求めつづけ、現実では多くの男たちと愛を重ねていく。作詞家のレイモン・アッソ(中嶋しゅう)は既存の曲を歌う流行りの歌手ではなく、ピアフ自身の言葉を歌にして人生を語り、時代を作る歌手へと育てる。この時からピアフの歌が変わった。自分の中にある思いを吐露し歌う唯一無二の歌手となる。安蘭はその変化を鮮明に演じる。この場面で歌う「私の兵隊さん」から、歌が立体的に感じられた。また、短い場面ながらレイモンを存在させた中嶋はさすが。

 次に出会うのはアメリカかぶれの若手歌手のイヴ・モンタン(浦井)。ピアフがレイモンに育てられたように、今度はピアフがモンタンをフランスを代表する歌手に育てていく。浦井はムーラン・ルージュで華やかな若いスターのモンタンが歌う登場場面から、ピアフにシャンソンを学んで成長し「枯葉」を歌うまでを、心のひだを細やかに織り交ぜながらも大胆に演じている。モンタンがフランス語で語り「枯葉」を歌い、ピアフが「アコーディオン弾き」を歌う場面は、パリの街が鮮明に浮かびあがる秀逸の場面となっている。照明の美しさもその一端を担っているだろう。浦井は名曲「枯葉」を柔らかい落ち着いた雰囲気で見せつつも、思いを体の奥から絞り出して歌う。

 そしてピアフがおそらく一番愛したと言われている、ボクシングミドル級チャンピオンのマルセル・セルダン(鈴木一真)と出会う。しかし、幸せな時間は長く続かず、飛行機事故でマルセルは死んでしまう。あの有名な曲「愛の讃歌」はマルセルが死んだあとに、彼を思い生まれた。しかし、愛する人を思って幸せに歌うのではなく、愛する人が死んでしまったどん底で歌うのだ。体じゅうからマルセルヘの愛を叫ぶその歌は、心に突き刺さる。その後ピアフは薬物中毒になり、病んでいく。しかし、どんな状況でも歌うことだけを支えにステージに立ち続け生きていくのだ。

 その波瀾万丈な人生の中でずっと寄り添っていたのは、マネージャーのルイ・バリエ(甲本雅裕)とシモーヌ。ピアフの波乱万丈な人生を見ていると、次第に2人が登場するたびににほっとするようになる。変わらぬ愛情でピアフを支え続けた2人はかけがえのない存在だ。緩急自在の芝居で時に笑いも誘う甲本と、愛らしく生き生きとした佐藤。パリの街のアンニュイなモノトーンの世界で目にする鮮やかな色のように感じられた。

 安蘭は全身を使って、体の中からエネルギーを絞りだし歌い続ける。頭のてっぺんからつま先まで、体中からピアフの思いがあふれてくる。細胞の中にまでピアフが息づいているようだ。ステージに足を広げて立ち、背が少し丸くて、細く小さい体で歌い続けたピアフがそこにいるようだった。2007年の映画「エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜」でピアフを演じたマリオン・コティヤールもそうだったが、ピアフを演じるということはこういうことなのだろうか。

 愛を求め続けたピアフが最後に選んだテオ・サラポ(浦井)は、普通の家庭で両親の愛に育まれて真っすぐに育った優しい好青年だ。浦井自身の持つ暖かさや優しさも生かされている。結婚を決めた2人をテオの両親が訪ねてくる場面、テオより20才年上のピアフは戸惑う。ピアフを「娘」と受け入れ、喜んで現れた2人を見て思わず「ああ、よかった」と熱い思いが込み上げてくる。テオはピアフの人生に咲いた、小さな白い花のように感じた。モンタンやマルセルのように華やかではないけれど、いつも傍らに咲いていて、ピアフの心を休ませ温める唯一の存在。ピアフは幸せに安らかに天に召されたのだろう。

 シャンソンを通してパリの街が見えるという感覚は初めてだった。「私の大好きな街の歌を歌うわ」といってピアフが歌った「パリの空の下、セーヌは流れる」を聞いて、以前撮影して歩き続けたパリの街が鮮やかに蘇り広がっていった。3時間強に凝縮されたピアフの人生とパリの街を、ぜひ劇場で味わって頂きたい。

◆ミュージカル「エディット・ピアフ」

《東京公演》2011年1月20日(木)〜2月13日(日)、天王洲 銀河劇場
《大阪公演》2011年2月18日(金)〜20日(日)、梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ
詳しくは、公式サイトへ

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