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ステージレビュー

近代化の波間の花、安蘭が熱演 「MITSUKO」開幕

2011年5月17日

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写真:ミュージカル「MITSUKO」より=撮影・岸隆子拡大ミュージカル「MITSUKO」より=撮影・岸隆子

写真:ミュージカル「MITSUKO」より=撮影・岸隆子拡大ミュージカル「MITSUKO」より=撮影・岸隆子

写真:ミュージカル「MITSUKO」囲み取材より=撮影・岸隆子拡大ミュージカル「MITSUKO」囲み取材より=撮影・岸隆子

 5月15日、大阪の梅田芸術劇場で、クーデンホーフ・ミツコ没後70年記念として製作されたミュージカル「MITSUKO 〜愛は国境を越えて〜」の初日の幕が上がった。(文・玉岡かおる)

 新作オリジナルの演劇は、まず最初に東京で先に公演を打ち、なにがしかの評価を得てから大阪にやってくる、というものが多い。だがこの作品は、まず大阪でまっ先に観客を迎え、それから名古屋、東京と場所を移すことになっている。つまり、大阪で観る者こそがこの作品の今後を占うことになるのである。先だって、主演の安蘭けい、作・演出の小池修一郎という2人にインタビューさせてもらっていたこともあり、ぜひとも初日を観たいと思って駆けつけた。

 MITSUKOとは、文明開化の波に揺れる明治の日本から、初めての国際結婚で海を越え、オーストリアの伯爵家へと嫁いだ女性、青山ミツのことである。

 主演のミツコには宝塚を退団して2年になる安蘭けい。相手役のクーデンホーフ伯爵にはオーストリアからマテ・カマラスを迎え、その国際結婚で生まれた息子リヒャルト役にも、複数の国の血を持つ若き新人をオーディションで抜擢しての国際色ゆたかな作りになっている。ちなみに大阪公演は辛源のみの出演。イギリス人と韓国人の両親のもとに生まれた。東京でダブルキャストとなるジュリアンはアメリカと日本の血統を引く。

 実は私も何年か前、このミツコをヒロインのモデルの一人として大河小説を書いたことがある。だがきっかりとした評伝にせずフィクションに仕上げたのは、ミツコという女性の生き方の明暗に物語としての限界を感じてしまったからだった。つまり、ミツコの人生はその前半と後半で明と暗、あまりに大きく色合いが違うのだ。前半は、オーストリアの青年伯爵とめぐりあって親の反対を押し切って愛を成就、海を渡っていくシンデレラのような物語。対して夫と死別してからの後半は、自分にも家族にも厳しいために孤立化していき、救いようもなく淋しい終焉となる。結局、明治という時代を背負って生きた大和撫子の殻を破ることができなかったミツコの末路は、七人もいた子供たちにそむかれ、広大な領土も手放し、狭い部屋で次女のオルガのみに看取られてこの世を去るのである。

 そんな事実を、この作品はどう表現するのか、どう作り上げるのか。また、そういう複雑で難しいキャラクターを、安蘭がどう演じ抜くのか。どちらも見逃せない視点である。

 だがまず驚かされたのは、安蘭の好演だった。なにしろ十代から六十代までのミツコになりきるのだ。最初は東京の町娘。かわいらしく、前向きで明るいおみつは、安蘭自身の明るいキャラクターにささえられて、無理なく純朴な日本娘を表現している。東と西、まったく異なる文化の中で育ったおみつとハインリッヒが互いに引かれあい尊重しあいながら愛を深めていく過程も、実に自然に流れていく。

 伯爵夫人となったミツコでは、夫の愛を信じてひたむきに、だがのびのびと自分を磨いていくさまが好もしい。和服からドレスへ、東洋と西洋、ふたつの文化の衣装を優雅に着こなす姿からも、彼女がすっかり女優であることをあらためて再認識させられ感慨深い。

 そしてなんといってもみどころは、まだ学業なかばの息子を年増の女優イダに奪われ、母として苦悩する姿だろう。誰から見ても恥ずかしくない伯爵夫人になるため刻苦してきたミツコが、未来の伯爵となるべき息子の身分違いの結婚を機に、心をかたくなに閉ざしてしまう過程を、安蘭はみごとに演じきる。老け役にも気負いはないのがあっぱれなまでだが、いったいミツコという役は彼女をどれほど試すのだろうと溜息が出た。

 夫なき後も家を守る責任に燃え、子供らを立派に育てようと身を削るミツコの心を想うと、誰もが共感できる母の姿がそこにある。波乱に富んだミツコの人生ではあるが、実はどこにもいる普遍的な母親の苦悩であることに気づくだろう。

 一方、ミツコの運命を変えていく伯爵役を、母国語でない日本語で演じきったマテ・カマラスもすばらしい。この作品のテーマである東と西の大きな大きな世界観の違いを、その存在感で表現しきった。

 声量ゆたかな、技巧派が脇を固めているのもクオリティの高さに貢献した。おみつを想う両親の嘆き、ミツコを送り出す皇后の思い、東洋人を迎える親戚達のとまどいと策謀。どの場面でも、説得力ある歌がそれぞれのシーンを印象深いものにしていた。

 それらすべての楽曲を作曲したのがフランク・ワイルドホーンだ。小池、安蘭にとっては、数々の賞を受けた「スカーレット・ピンパネール」でもおなじみのパートナーである。この日、舞台に駆けつけて、初日の成功を満面の笑顔でともに祝った。

 終演後の囲み取材では、これらの曲がどうやって作られたかに質問が向かった。

 「そうですね、どれも、みずから生まれ出たような曲でした。これらの曲はN.Y.で作曲したのですが、小池さんとの仕事はいつも楽しくて、自分でも驚くほど早く完成したんです」

 メインテーマの「後ろを振り向かずに」は、奇しくも、東日本で起きた大災害の被災者たちを励ますような力を持つが、彼の答えはこうだった。

 「音楽とはそういうもの。世界で起こる現実によってその意味合いを変えていくものだと思います」

 安蘭の演技についてはどうかという質問には、ミツコという役がものすごく多くを要求される役だったと認めつつ、「仕事柄、一人のアーティストが何年もかけて成長していくのは何度も見てきましたが、彼女はそれを短期間でやりとげた。とても大変なことをやってくれていると思います」と賞賛した。

 実際、頑固になって孤独になっていくミツコの苦悩を、安定した演技力で歌い上げる安蘭には、女優としてひとまわり大きくなった姿が確認できる気がした。

 そして物語は、淋しくむなしいミツコの晩年を絶望的に終わらせるのでなく、汎ヨーロッパという思想をひっさげ、国境のない理想世界を訴える次男リヒャルトを描くことで壮大なスケールのテーマへと導いて終わる。なるほどそう作ったかとうならされる構成である。

 初日公演を終えた安蘭は、ひとまずほっとした笑みを浮かべながら、囲み取材に快く立ち、これまでを振り返った。

 「稽古は大変でした。でも、マテが日本語でがんばっているのを見たら弱音は吐けませんでしたね。おかげでやればやるほどミツコの魂が入ってくるという感じでした。この作品からは、前に向かって歩くミツコの強さをメッセージとして教わった気がします」

 だからそれを舞台を通して伝えたい、というのが今の切なる思いなのだろう。

 快く、すがすがしく、心を洗う美しいメロディは、どの曲も覚えやすく、劇場を出るときもまだ頭の中でくりかえし響き続ける。それらを口ずさみつつ、近代化の歴史の波間に咲いたミツコという女性の人生を思い返さずにはいられない、そんな壮大なミュージカルが、この日、世に送り出されていった。

《筆者プロフィール》玉岡かおる 作家。大阪芸術大学大学院・客員教授。兵庫県三木市生まれ。神戸女学院大学卒業。青山光子をモデルの1人にした小説「天涯の船」(新潮社)など著書多数。長編「お家さん」(新潮社)で第25回織田作之助賞受賞。公式ホームページ。

◆ミュージカル「MITSUKO」〜愛は国境を越えて〜

《大阪公演》2011年5月15日(日)〜5月23日(月) 梅田芸術劇場メインホール
《名古屋公演》2011年5月27日(金)〜5月29日(日) 中日劇場
《東京公演》2011年6月11日(土)〜6月29日(水) 青山劇場
詳しくは、公式サイトへ

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