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ステージレビュー

柚希、圧倒的な存在感 宝塚星組『ブエノスアイレスの風』

2008年11月18日

  • 取材・文:朝日新聞出版

写真「ブエノスアイレスの風」より=日本青年館大ホール、撮影:岩村美佳

写真「ブエノスアイレスの風」より=日本青年館大ホール、撮影:岩村美佳

 1998年月組の紫吹淳主演で初演された『ブエノスアイレスの風―光と影の狭間を吹き抜けてゆく…―』は、レジスタンスに身を投じ政治犯として獄中にいた男が、7年後釈放され新たな生き方を模索する姿を描いた正塚晴彦の名作である。

 『スカーレット・ピンパーネル』を終えてから1カ月もたたないうちに、柚希礼音は東京での初主演公演の幕を開けなければならず、ましてや、「名作の再演」は、前作を観た人のさまざまな思い入れがある。演じる側のプレッシャーは計り知れないものがあっただろう。

 開演アナウンスで、すでに拍手が起きるほどの熱気が会場を包んだ初日。売り出して瞬時にチケットが完売するほどの期待を背負って、勢いにのる星組若手による舞台はスタートした。

 生死をかけた激動の日々が去り、抜け殻になった自分をもてあましながらも、新しい自分を模索するニコラス役の柚希。当初力が抜けきらず、緊張があったに違いない柚希は、回を重ねるごとに自分のニコラス像をじっくり深めていったように感じる。空虚な中に風が吹き抜けていくような倦怠感を漂わせていた初演の紫吹・ニコラスと真逆の解釈ともいえる、物静かな中にある力強さ。知的で正義感の強いゲリラのリーダーであった過去の物語を背後に感じさせながら、圧倒的な存在感でセンターに立つ。誰ともかかわりを持たず、何も求めず、ひたすら生きる。そうつぶやきながらも、とりまく人々との関係を優しく愛をもって受け止める。歌も安定し、堂々としたヒーローぶりだ。バレエの経験が生きる相手役へのサポートは、必ずしも実力が拮抗(きっこう)しているとはいえない、イサベラ役の夢咲ねねを美しく回転させ、軽やかに舞わせる。大型の夢咲とのバランスは完璧とはいえないが、華やかでゴージャスだ。

 夢咲は小顔で手足が長く、どんな衣装も着こなしてしまうフィギュアのような美しさ。母親や姉など自分をとりまく人間関係の過酷な人生を背負う切迫感が欲しいところだが、タンゴを通してなんとか自分の未来を切り開こうと懸命に生きていこうとする姿は健気だ。

 革命の夢が終わったと知ってなお、自分の存在価値をそこにしか見出せないリカルド役の和涼華。間違っていると知りつつ、そうとしか生きられない。多少せりふが聞き取りにくい弱点をカバーし、その美しいビジュアルで佇めばそれだけで切なさ、哀しさは伝わる。

 紅ゆずるは、『スカーレット・ピンパーネル』での新人公演主演で、期待のホープとして強くアピールしたが、ニコラスの恋敵の刑事、ビセンテ役としては、線の細さが否めない。しかし何よりも華があるその舞台姿には、これからの大きな可能性を感じさせる。

 チンピラのマルセーロ役、真風涼帆は、入団3年目にしてすでに自然に男役である。群衆のなかにいても誰よりも先に目に飛び込んでくるオーラに大型新人ぶりをうかがわせる。

 リリアナを演じた入団2年目の水瀬千秋は抜擢によく応えて芝居のうまさを印象付けた。

 初演と比べられるのはしかたないが、いかに自分の持ち味を生かして新しい人物像を探り出すか、そこに観客が共感できるか。今回出演者1人ひとりが、挑んだ課題だった。その意味で、伸び盛りの若さ溢れる舞台は、前作とは違ったオリジナリティを随所に感じさせ、どこまでも進化していく未来への可能性に満ちていた。

◆『ブエノスアイレスの風』 作・演出:正塚晴彦

《日本青年館大ホール公演》:11月1日(土)〜11月6日(木)(詳しくは宝塚歌劇団公演案内へ)/《宝塚バウホール公演》:11月14日(金)〜11月25日(火)(詳しくは宝塚歌劇団公演案内へ

写真写真拡大「ブエノスアイレスの風」より=日本青年館大ホール、撮影:岩村美佳

写真写真拡大「ブエノスアイレスの風」より=日本青年館大ホール、撮影:岩村美佳


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