ヅカ★ナビ!
2009年1月9日
源氏物語といえば、イケメン光源氏と数多の女君との恋愛遍歴物語というイメージが強い。
だが、宝塚月組『夢の浮橋』は、そのイメージとは一味も二味も違う、ちょっとほろ苦い源氏物語だ。
まず主人公が光源氏ではない。
源氏物語の最後を締めくくる「宇治十帖」が原作である。しかも、「宇治十帖」の主人公は光源氏の子、薫だが、本作では薫の恋のライバルとして登場する匂宮が主人公だ。
そして、色恋沙汰が中心に描かれる原作と違い、やたら政治色が濃い。宮中での権力争いに翻弄される人々の物語である。
原作ではプレイボーイなお坊ちゃまの印象が強い匂宮(瀬奈じゅん)。本作でも前半はその軽いモテキャラを踏襲する。
ところが、東宮(=皇太子)候補であった兄、二の宮(遼河はるひ)が政争に敗れ、匂宮が新たな東宮候補として政治の表舞台に立たされることになった時点から立場は一変してしまう。
それまでは気楽な次男坊でよかった。その才覚を色恋に振り向けておけば権謀術数の渦巻く宮中でも安全に生きていられた。
匂宮のプレイボーイぶりは、じつは自分を守るための仮面に過ぎなかった、というわけなのだ。
それが東宮候補となった瞬間から、そういうわけにもいかなくなった。背後で、匂宮を操って権力を握ろうとする夕霧一家が虎視眈々と睨みをきかせはじめたのである。
傀儡(くぐつ=操り人形)として生きるのは嫌だ。しかし、もはや逃れられない運命なのか?
傀儡女の小宰相の君(城咲あい)にいざなわれるままに宮中を出て、人々の間を彷徨う匂宮。祭の熱狂のなか芸人たちに操られる傀儡の人形をみて、匂宮は愕然とする。
それは、なんと光源氏その人であったのだ!
そこで匂宮が出会うのが、浮舟(羽桜しずく)である。薫(霧矢大夢)に囲われる浮舟は、亡き姉の身替りとしか薫に思われていない我が身を辛く感じる日々を過ごしていたのだ。
互いの孤独を埋め合うかのように急速に惹かれあい、結ばれてしまうふたり。そこにプレイボーイ匂宮の面影はまったくない。匂宮にとっては、初めての「本物の恋」である。
もちろん、薫はそれが許せない。ふたりを引き離すために、薫もまた、権力闘争の力を利用しようとする。
はっきりいって、暗い。それに、難解だ。
そこで観劇の際には、30分前には劇場に着き、プログラムを買って熟読することをおすすめする。今回のプログラムには、主な登場人物の紹介と系図がバッチリ解説されているのだ。
ポイントは、匂宮とその兄弟たちは皇統として「操られる」側、夕霧一派が臣下として「操る」側にいる、という点である。その対立構造を中心に押さえておけばよいだろう。
原作である源氏物語を、現代語訳か漫画「あさきゆめみし」あたりで一読しておくと、さらにわかりやすい。
そして…できればこの舞台、1度より2度観たほうがより深く味わえる。
と、そんなことを書いていると、「そんなに勉強しないといけないの?」とかえって敬遠されてしまいそうだけど、それでもなお、私がこの作品を強くおすすめしたいのは、源氏物語という不朽の名作に、まったく別の角度からスポットを当てている面白さがあるからだ。原作と一味違うようだが、根っこの部分で原作に忠実である。
一見華やかで明るいタカラヅカの世界だからこそ、あえて源氏物語のダークサイドに焦点を絞ることができたともいえる。
演出の大野拓史氏は若手にして能などの古典芸能にも造詣が深い人だ。プログラムによると、「もともとは嫌いだった源氏物語なのに、今回の舞台化の過程で虜になっていった」のだそう。
舞台を観ていると、大野氏自身が虜になった過程を追体験しているような気分になる。
私も今再び、源氏物語を読み返してみようかと思っている。思ってもみなかった新しい発見があることを期待しつつ。(中本千晶)