花子さんとステージに立つ川井みな子さん(左)=22日夜、大阪市中央区、森井英二郎撮影
大助・花子さんとステージに立つ川井みな子さん(中央)=22日夜、大阪市中央区、森井英二郎撮影
05年4月のJR宝塚線(福知山線)脱線事故で重傷を負った元タカラジェンヌの川井みな子さんが22日夜、大阪市内のレストランで開かれた漫才コンビ宮川大助・花子さんのディナーショーに出演した。負傷した足は完治せず、週2回のリハビリを続ける。周囲の支えで心身の傷を乗り越える決意を胸に、伸びやかな歌声を披露した。
なにげなく生きることが難しくなった
けれども優しくなれた
様々な愛に救われた
命の歌を
私のラブソング
この日、川井さんが披露したのは、事故の経験を歌詞に盛り込んだ「私のラブソング」などソロ2曲を含む計4曲。かつて立った舞台を思い出すように、笑顔を浮かべながら歌いきった。
歌う前のあいさつでは、「事故以前の自分に戻りたいと毎日過ごしている。落ち込んでいる時に、大助さんと花子さんの支えがなければこの舞台に立てなかった」と感謝の気持ちを表した。
祖母、母と3代続いたタカラジェンヌ。98年まで10年間宝塚歌劇団に在籍し、娘役として「万理沙(まりさ)ひとみ」の芸名で舞台に立った。その後カルチャーセンターで歌を教えていたが、事故で右ひざを複雑骨折するなど重傷を負い、約半年間入院。歌劇ファンだった花子さんが見舞いに訪れ、交流が始まった。
昨年2月、脳出血で入院した大助さんを見舞った際、前年に亡くなった父親の面影と重なり思わず涙がこぼれた。「良くなったら一緒に何かやろう」。大助さんに声をかけられた。その後もリハビリ仲間としてメールを交換し、励ましあってきた。
今年4月、大助さんの知人の音楽プロデューサー、池田大其(たいき)さんを紹介され、事故や入院生活、支えてくれた歌劇団の同期生らへの感謝の思いを語った。歌詞と曲を作ってもらい、10月末にはその歌を収めたCDも作った。
今でも乗っている電車が急ブレーキをかけると、その日一日不安な気分になる。体を事故前の状態に戻そうと努力するが、つらさから現状を受け入れそうにもなる。
そんな彼女の回復を願って企画された今回のステージ。「歌っている時は普段の自分と違う力がわく。それをうまく取り入れ、前向きに生きたい」と川井さんは話す。CDの問い合わせはオフィスブラン(080・3840・0138)へ。(千種辰弥)