現在位置:
  1. asahi.com
  2. エンタメ
  3. 映画・音楽・芸能
  4. 舞台
  5. 演劇
  6. 記事

「女教師は二度抱かれた」松尾スズキが独特の切なさ表現

2008年8月19日

印刷

ソーシャルブックマーク このエントリをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録 このエントリをdel.icio.usに登録 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをBuzzurlに登録

 松尾スズキは観客を不安にさせる。怪しい異世界にいざなうことで。松尾スズキは観客を楽しませる。毒を塗った矢尻のような、鋭い笑いを放つことで。新作「女教師は二度抱かれた」もこの両面を併せ持つ。さらにこの舞台で、松尾は観客を切なくさせる。手元から夢がこぼれ落ちてゆく人々を描くことで。

 天久(市川染五郎)は小劇場界の新鋭演出家。異能の歌舞伎女形・栗乃介(阿部サダヲ)に請われ、新しい歌舞伎の演出を任される。そこに高校演劇部の顧問だった自称女優・山岸(大竹しのぶ)が現れ、出演を迫る。栗乃介はわがままで常識知らず。山岸はかつて生徒の天久と肉体関係を持ったために破滅した。厄介な2人に挟撃され、天久は追いつめられる。

 プロデュース公演の牙城(がじょう)といえる劇場で芝居作りの内幕を延々と描く。露悪的なドラマに松尾の自己批評がある。歌舞伎の染五郎と、松尾が率いる「大人計画」の阿部との出自を逆転させた配役も、虚構性を高めて効果的だ。

 染五郎が演技力皆無の演出家、大竹が物狂いの女優志願者を「絶妙に下手な演技」を交えて好演する。阿部、荒川良々、池津祥子、平岩紙、皆川猿時ら大人計画の面々が強烈な個性を発揮し、劇団公演のような空気も漂う。松尾の演出はゲイバーや風俗店、けいこ場での狂騒に戯画的な回想場面を織り交ぜる。繊細な感情やナンセンスな笑いを歌(音楽・星野源)に乗せて、猥雑(わいざつ)さを増幅する。

 終幕、表現者の業につかれた人々を慈しむように、おどけた姿で松尾が歌う。挫折者の悲劇が悲喜劇に転じ、作者の旺盛なサービス精神の底にある喪失感と淡い希望があらわになる。この独特な切なさが魅力的だ。

 27日まで、東京・渋谷のシアターコクーン。(藤谷浩二)

検索フォーム
キーワード:


朝日新聞購読のご案内