十朱幸代=郭允撮影
十朱幸代が三島由紀夫の戯曲に挑む。25日から東京・初台の新国立劇場小劇場で上演される近代能楽集「綾の鼓」(前田司郎演出)と「弱法師」(深津篤史演出)。同劇場演劇部門の新シーズン開幕を十朱、三島、新進演出家という組み合わせで飾り、興趣もわく。十朱は「念願の三島戯曲。こんな三島もあったのかという舞台にしたい」と語っている。(米原範彦)
三島は50〜60年にかけて「近代能楽集」8編を発表し、能に切り込んだ。様式やプロットを翻案して昭和劇に仕立てたが、能の本質は損ねず、精妙に沈着させた。
「綾の鼓」は、老人が貴婦人・華子に鼓で恋情を伝えようとするが、それは「音の出ない鼓」だった。老人は絶望死して亡霊となる。「弱法師」は、盲目の俊徳の親権を巡る調停中、調停委員の桜間級子が夕映えをたたえると、俊徳は、炎に焼かれた自分の目が見たこの世の終わりの景色の幻影に襲われる。十朱が演じるのは華子と級子だ。
「言い回しが難しいし、内容も難解で、レベルが高くて、いきなりプールの飛び込み台に立った感じ」と十朱。華子については「女のすごみが要求される役。セリフに潜む気持ちをしっかりつかんでいないと、うまく伝わらない」と話す。一方、級子には共感するという。「中立的存在で、大人の態度で人々の心を把握していく」
小学生時代から芝居好きの母親に連れられ、劇場を巡った。中学生の頃に出合ったのが三島の「鹿鳴館」。今でも一番好きな戯曲で、そのセリフに魅せられた。「私も美しいセリフを朗々と語る成熟した女優になりたい、とあこがれた」と振り返る。三島作品には、満開の花が散り始める時のすごさを感じるという。「表面は貴婦人なのに、内面には葛藤(かっとう)やおどろおどろしい含みがあって、このギャップが魅力ですね」
これまでテレビ、映画、舞台の一線を走ってきた。3年前、テレビドラマ「祇園囃子(ばやし)」で元芸妓(げいぎ)で友禅絵師の妻を演じた。こうした、あこがれと哀愁が交じったような女性が適役なのだろう。「私、俳優術の基礎を学ばずに、この世界に入ったでしょ。だから一つ一つが勉強なんです。今も新入生のようで刺激的。泣いたり笑ったりだけではないお芝居も見せたい」
新進の演出家たちも新鮮に映る。前田は劇団「五反田団」、深津は劇団「桃園会」を主宰する。「有望な方々から多くを学んでいます。ディスカッションも頻繁なおけいこで、悩み苦しむ楽しさを味わっています」
10月13日まで。共演は多岐川裕美、国広富之、綿引勝彦ら。5250円、3150円。電話03・5352・9999(劇場)。