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オムニバスに世阿弥の形式 新国立劇場「現代能楽集 鵺」

2009年7月12日

 三島由紀夫の「近代能楽集」から、野田秀樹が英国人俳優と英語上演した「The Diver」まで、現代演劇には能を題材としたドラマの豊かな水脈がある。「現代能楽集」と冠した新国立劇場の「鵺(ぬえ)」は、坂手洋二の新作を芸術監督の鵜山仁が演出。実験劇のような装いの中から、数百年の時を隔てた人間の普遍の姿を浮かび上がらせようと試みている。

 「平家物語」の源頼政による鵺退治を変奏した1部。川のほとりで男女が不思議な再会をする2部。ベトナムとおぼしきアジアの空港で、裏の顔を持つ日本人ビジネスマンらが暗躍する3部。戯曲の文体も演出の技法も異なるオムニバス劇だ。そこに世阿弥が確立した「複式夢幻能」の形式を組み込み、死者の霊魂がよみがえって異なる時空の人々と邂逅(かいこう)する構造に仕立てたところに坂手の工夫がある。それが腑(ふ)に落ちるか、強引と感じるかで劇の印象は異なるだろう。筆者は前者だった。

 鵺は猿の頭に狸(たぬき)の胴、蛇の尾に虎の手足を持つ妖怪。一方で声は鳥のトラツグミとされる。劇中では、俳優が様々な身体表現で鵺を演じる。1部で頼政を演じるたかお鷹が、3部では革命運動に挫折後、臓器売買などに手を染めた中年男に変わり、自在な演技を見せる。権力への反逆の末の敗北者という形象は、原作である世阿弥の「鵺」「頼政」にも通じる。

 異ジャンルの俳優の資質がうかがえる舞台でもある。1部は武者の坂東三津五郎の存在感が際立ち、家臣の村上淳はせりふに難渋する。3部は商社マン風の彼を演じる三津五郎がやや硬く、異国の青年の村上に精彩がある。全編を通して謎めいた女を演じる田中裕子は清楚(せいそ)さと凄(すご)みの切り替えが鮮やか。水を使わずに水に浮かぶ島を表した堀尾幸男の美術と小川幾雄の照明が美しい。(藤谷浩二)

 20日まで、東京・初台の新国立劇場小劇場。

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