2009年5月12日
2時間もののサスペンスドラマで見せ場になる「崖(がけ)」。犯人はなぜ、断崖(だんがい)絶壁で海を背に真実を告白したがるのか。
根強い人気の浅見光彦シリーズの「津和野殺人事件」(TBS系、08年9月放送)は、国の名勝・天然記念物に指定されている須佐湾(山口県萩市須佐)の北部にある崖が舞台だった。
津和野の名家「朱鷺(とき)家」の相続問題が事件の背景にあるのだが、村田雄浩が演じる朱鷺家17代目当主は和服姿で崖の上に立ち、真相をぽつぽつと語る。地球の果てまで続く海の無限の広がりと、崖に突っ伏して嘆き悲しむ一人の男の無力さ。そのコントラストが悲劇を美しく盛り上げていた。
矢口久雄プロデューサーは言う。「収録前に現地に行ったとき、崖を見た瞬間、和服の男が立つ姿が目に浮かびました」
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「それほどの崖なら……」と訪ねてみた。萩市観光課の紹介で案内を引き受けてくれたのは、地元中学校の元校長で須佐郷土史研究会理事の西村武正さん(80)。JR須佐駅前で待ち合わせをし、いざ須佐湾へ。
南端から北端まで車で20分ほどの湾には静かな入り江が七つある。水は透きとおり、釣り人がたたずむ風景は時間が止まったよう。湾の内奥部から車で約15分ほど北上。遊歩道を通って崖の上に向かう。
ステージのように広がった崖に立つと、水平線まで絶景が広がる。「天然記念物だから、いらう(いじる)ことができないんです」。崖下に降りていくルートの一部に階段と手すりが付いていたが、「これを付けただけで、当時の町長(合併前は須佐町)は文化庁に大目玉を食らったそうです」。
断崖の高さは約15メートル。崖下からは地層がくっきりと見てとれる。「約1500万年前に溶岩が噴出して崖がスライドするようにずれ、断層ができたと推定されています」。地質学の用語から「ホルンフェルス断崖」と呼ばれているそうだ。
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「おっと……」。よろめく西村さんの足元を日本海の荒波が襲う。岩に砕ける波の音が地響きのように耳を覆う。「今日は穏やかな方。海流が激しいので釣り人が落ちると、ずっと遠くで遺体が浮かびます」。穏やかな風景に死が潜んでいるのだ。
サスペンスで崖が定番なのはなぜか。矢口プロデューサーは「崖とは退路が断たれる場。そこに犯人や関係者を、実質的にも心理的にも追い込み、真実を吐露させるんです」と語る。
砕ける波頭を見ていると、記者も不思議な気分になった。過去につむいだ偽りやウソやずるさをすべて捨てて再出発できるのなら、ここですべて話しますから、と。(赤田康和)