日米中印のCO2排出量見通し
ニューデリー市内の通勤ラッシュ。交通渋滞が激化し、冬はスモッグで視界が悪くなってきた
北京市郊外に広がる昔ながらの街並み。後方には超高層マンションがそびえ立つ
北京市から北西約100キロにある官庁ダムの湖畔には、風車が林立していた
ジャムシェドプールにあるタタ製鉄の工場。朝、出勤する人の自転車の長い列ができる
ぎゅうぎゅう詰めのバスや三輪タクシーの警笛が鳴り響く。インド・ニューデリーの都心部では平均時速十数キロというノロノロ運転が日常化している。
今秋以降は10万ルピー(約30万円)という超安値の新型車が登場。約185万台(06年度)の年間販売台数は10年後に倍増が予想されるが、「人口規模を考えるとまだ序の口」(インド自動車工業会幹部)という。
その先を走るのは中国だ。06年に日本を抜き、世界2位になった自動車市場(約720万台)は08年は千万台にも達する勢い。北京の渋滞も拍車がかかり、五輪開催時は車両ナンバーごとに交通規制をするという。
長期の高度成長が予想される両国。国際エネルギー機関(IEA)は、中国が07年に米国を抜いて世界最大の二酸化炭素排出国になり、30年までに世界で増える排出量の56%を中印が占める可能性も指摘した。先進国が大幅削減をしても、中印が減らさないと温暖化は止まらない。
■ ■
その中印が主役に躍り出て連携を見せたのが、昨年末、インドネシア・バリで開かれた国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP13)だった。
最終日、議長が新たな枠組み策定へのロードマップ最終案を示すと、インドが反対を表明した。
議長案で途上国にも排出削減の努力を求めた部分に、「技術と資金の援助に基づく削減努力」と書き換えるよう要求。中国代表団も同調した。本会議は一時中断され、最後はインドや中国の要求通り修正された。
会議後、インド代表のシバル科学技術相は「中国とは絶えず協力した」と語った。
中印は60年代に国境紛争を戦い、今も仮想敵視を続ける間柄だ。環境分野でも中国からインドに流れるブラマプトラ川などの水利問題を抱える。しかし、昨年6月の首脳会談では、気候変動問題での協力と先進国への大幅削減要求で一致。この問題では「共闘関係」ができつつある。
共通するのは、「先進国が原因の問題で、なぜ途上国の発展が制約されるのか」(中国国家発展改革委)との認識だ。1人当たり排出量で中国は先進国の3分の1(インドは同11分の1)に過ぎず、中国は「生存のための排出だ」と主張する。
温家宝(ウェンチアパオ)首相は昨年11月の東アジアサミットで、「先進国向けの輸出品生産で排出が増えていることも考慮してほしい」とも述べた。
インドは貧困問題の深刻さも強調する。1日1ドル以下で暮らす貧困層は3億人、電気なしに暮らす人は6億人。セティ環境森林省部長は「電気を与えて近代的な暮らしと教育を提供するのが先決だ」と語る。中国にも貧困層は1億3千万人(04年)もいる。
■ ■
今、国際社会は冷戦期には予測しなかった時代を迎えている。中印という「膨大な貧困層を抱えた巨大な経済パワー」の登場である。それなのに両国を含めた国際社会の枠組みが欠落している。
世界のエネルギー安保を講じるIEAでも、両国は未加盟だ。中印を含めたより良い世界の枠組みをどうするか。気候変動問題はその試金石だ。
インドのエネルギー資源研究所の幹部、スリバスタバ氏は語る。「世界は中印ばかり悪者にするが誰もが両国の成長力に期待している。ならば一緒に対策を考えてほしい」
◇
◇中国 政府が号令、旧設備爆破
外に向けては「発展の権利」を主張し、温暖化の新たな規制を拒否する中国とインド。しかしそれぞれの国内では、環境対策にもがいていた。
北京の中心から北西約100キロの所にある「官庁ダム」の湖岸に、直径約70メートルの風車が33基並ぶ。昨年11月末に完成した、計5万キロワットの大規模な風力発電所だ。
8月開幕する北京五輪は「緑色五輪」を掲げ、自然エネルギーの積極的利用を図る。会場では2カ所の風力発電所で消費電力の20%を賄うほか、北京市の五輪用体育館には100キロワットの太陽電池が設置された。
米ワールドウオッチ研究所は、中国の自然エネルギーが20年には06年の約3倍、4億キロワットに伸びると予測する。今の日本の全発電容量の倍にあたる。
経済成長路線をひた走ってきた中国は、03年の胡錦濤(フーチンタオ)国家主席就任以降、発展と環境保護の両立を目指す方向に政策を修正しつつある。大気、水汚染など公害対策に力を入れるほか、省エネと自然エネルギー導入を重要施策に掲げる。第11次5カ年計画は、06〜10年で、国内総生産(GDP)当たりのエネルギー消費を05年比で20%減らす目標を定めた。
ところが06年の削減率は1.3%で、目標の4%に届かなかった。危機感を募らせた政府は、省エネと汚染物質削減の達成率の悪い省に新規事業を許可しない方針を打ち出し、昨秋には、達成率で地方政府幹部の業績を査定することにした。
中国では石炭火力が発電の約7割を占め、古い設備が大気汚染や資源浪費の原因となっている。最新式の発電所に一新するため、各省の号令で各地の発電所の「爆破」が行われた。信賞必罰が功を奏し、07年だけで全国553基、計1438万キロワットの小規模火力発電所が閉鎖されたという。
しかし、エネルギー効率をいくら改善しても、爆発的な経済成長の中では、二酸化炭素(CO2)の排出は増え続ける。
発展改革委の気候変動対策部門幹部は「積極的な温暖化対策で、地方に圧力をかけている」と実践を強調。「欧州連合も日本も50年までに排出半減など掲げた目標は美しいが、本当に実現できるのか」と話す。
中国社会科学院の持続可能発展研究センターの潘家華(パンチアホァ)主任は「先進国の例からみて、工業化が終わり、排出が減少に向かうのは30年代だろう」と予測する。
それまで中国が大量排出を続けるのを、世界が認めるかどうか。
◇インド 牛フン燃料、技術開発も
インドでは農村の伝統技術に基づく自然エネルギー利用や、市民社会の知恵、企業の力を生かした多彩な環境対策が進んできた。だが今後の膨大なエネルギー需要にどう応えるか、模索が続く。
杯を伏せたような直径4メートルほどの鉄製タンクの奥からゴボゴボとガスがわく音がする。農村に多い牛フンによるメタンガス製造設備で、発電や家庭用燃料に使う。インドはウシや水牛、ヤギ、羊が4億頭以上いる「家畜大国」。大量の排泄(はいせつ)物は貴重な資源でもある。
植物を使う方式も含め、「バイオマス」のガスや発電設備は400万近くあり、6億人以上の生活を支える。インド全体のエネルギー供給に占める比率(05年度)は(1)石炭(38%)(2)バイオマス(29%)(3)石油(24%)の順だから、驚きだ。
政府の奨励策に加え、住民パワーも原動力。NGO「デベロプメント・オールタナティブ」は全国約3万の農民グループと提携。バイオマスや環境技術の普及に努める。
同NGOは大量にCO2を排出するれんが工場の排出を半減するモデル工場も開発した。銀行に働きかけて融資も組み、126工場の近代化を支援して計40万トン分の排出削減を実現。排出権を生み出すクリーン開発メカニズム(CDM)事業にもなった。
一方、伸び盛りの企業は自前で様々な対策を講じている。財閥系のタタ製鉄は国内に三つの製鉄所を新設し、粗鋼生産は年500万トンから数年後には3300万トンに大増産になるが、省エネの積極投資や日本の技術協力によるCDM事業も導入。粗鋼1トン当たりのCO2排出量は01年度の2.5トンから05年度は2.3トンに減らした。昨年はCO2削減技術の獲得も狙って欧州の鉄鋼メーカー、コーラスを130億ドルで買収した。
政府は新エネルギー開発の旗を振り、車や石油ガス業界でつくる「水素エネルギー委員会」まで設けている。利用が考えられるのは、首都や大都市のバス、タクシーに普及している圧縮天然ガス(CNG)に混入する「H―CNG」技術だ。
業界最大手のインド石油は「水素混入で燃焼効率の向上とCO2排出削減を目指す」と実験中。今秋にも首都に初の「水素スタンド」を設け、実用化に一歩進める構え。
だがこのまま高度成長が続けば、31年度にエネルギー需要は3倍以上に増える。バイオマスなどでは追いつかず、石炭、石油が大きく伸びる。
インド人で、ノーベル平和賞を受けた「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」のパチャウリ議長は言う。「残念ながら、インドも中国も節約を良しとする自分たちの文化とは矛盾した道を選んでいる。先進国と違う発展モデルを見つける必要に迫られている」