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柏崎刈羽原発被災の未公開写真676点 市民団体が請求

2007年10月09日10時35分

 新潟県中越沖地震で被災した東京電力柏崎刈羽原発の被災状況を経済産業省原子力安全・保安院が詳細に記録した未公開画像676点が明らかになった。岡山県の市民団体が情報公開請求し、9月末、開示された。東京電力が事実としては公表しているものの、画像で初めて明らかになる被災状況もあり、原発の安全性を検証する重要な資料となる。

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固体廃棄物貯蔵庫では、転倒したドラム缶から低レベル放射性廃棄物が床に飛び出していた=7月18日、原子力安全・保安院撮影

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4号機の燃料プールで、使用済み核燃料ラックに落下した水中作業台(中央)。点検で使用する機材などを仮置きするため、壁面にフックなどで固定していたが、6メートルほど下に落ちた=7月19日撮影

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海に近い構内道路上に置かれていた、海水からゴミを取り除く除塵機(じょじんき)の部品が揺れによる陥没で大きく傾いていた=7月23日撮影

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1号機の原子炉複合建屋では消火用の配管が破損し、地下5階では土で濁った水が深さ約48センチまでたまった。最大約2千立方メートルの水漏れがあったという=7月17日撮影

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2号機の主排気筒につながるダクトが上下にずれ、ベローズと呼ばれる蛇腹の部分が傾いた=7月17日撮影

 請求したのは、市民団体代表、石尾禎佑さん(63)。同保安院が7月16日の被災以降、約10日間かけて撮影した画像で、同原発の施設ごとに被災個所や状況がわかるように分類されている。

 東電が公表していない画像も多い。固体廃棄物貯蔵庫では、倒れたドラム缶から使用済みの手袋や作業着のほか、洗濯廃液を濾過(ろか)する際に用いた活性炭が床に飛び出していた。

 4、7号機の使用済み燃料プール内では、フックで固定されていた約210キロのアルミ製作業台が使用済み核燃料を格納しているステンレス製ラックの上に落下した。

 また、3号機の原子炉建屋の壁にあるブローアウトパネル(4メートル四方)の留め金が揺れではずれて開き、建屋内部から空が見えていた。建屋は放射能汚染が建物外に拡大しないように遮断されているが、パネルは建物内の蒸気圧などが高まり、爆発の危険性がある場合にだけ開く仕組みになっている。

 原発施設に詳しい京都大学原子炉実験所助教の小出裕章さんは今回の画像について「ドラム缶が3段重ねで高く積まれていたり、耐震性の低い水中作業台をプール内に置いたままにしたりしており、安全性に問題がある」と指摘する。

 一方、同原発の調査・対策委員会の委員長も務める班目(まだらめ)春樹・東京大教授は「これほど多くの画像記録を国が詳細に分類していたことを初めて知った。原発への信頼を高めるためにも、国民と被災情報を共有することが望ましい」と話す。

 東電広報部は「ホームページなどを通じて当社が公表している事例を裏付ける現場画像と理解している。安全上重要な設備の損傷は確認されていない」としている。

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