現在位置:asahi.com>ニュース特集>新潟県中越沖地震> 記事

復旧急げ、自動車業界650人集結 柏崎の部品工場へ

2007年07月20日01時15分

 ふだんはライバル同士の自動車メーカー社員らが油まみれになりながら、地震で大きく動いた機械を元に戻す。新潟県中越沖地震で被災した自動車部品メーカー「リケン」の柏崎市の工場では19日、自動車各社の設備技術者650人が、週明けの操業を目指して復旧作業を続けた。

写真新潟県中越沖地震で被災した自動車部品メーカー「リケン」の工場に、自動車メーカーなどから約650人が手弁当で駆けつけた。=19日、新潟県柏崎市で

 被災したリケンの柏崎事業所。所せましと工作機械類が置かれる工場建屋は、自動車メーカーのヘルメットをかぶった男たちでごった返していた。

 地震の横揺れで大型の製造機械は数メートルもずれた。元の位置に戻すには、多くの人手が必要だ。機械の油でところどころ床が光る中、しゃがみ込んで位置を微調整し、点検を繰り返す。

 手にはタオルを持ち、目についた機械の油をふき取ってゆく。揺れで床に落ちてしまった製品は、すべて廃棄処分になった。前日から復旧作業を手伝うホンダ社員の男性は「早く生産を回復させたいという思いはどのメーカーも同じだ」と話す。

 トヨタ自動車は本社から250人、グループ企業から80人の計330人をリケンに派遣した。日産自動車100人、三菱自動車40人、ホンダ30人。設備機器メーカーの社員もいる。

 多くは地震直後から自社のマイクロバスや車でやってきて、宿泊場所は自ら近隣の町のホテルに確保。昼時には工場から出てきて、近くのコンビニで弁当を買い込む姿もみられた。

 周辺には倒壊する危険があるため、「要注意」と書いた黄色い紙をはられた家々が並ぶ。

 リケン社員は、「地震直後の工場を見たときは、これは立ち直れないと思った」と振り返る。だが19日までの作業で設備の設置は8割方終え、一部は再開にむけた試運転を始めた。週明けから部分的に生産を始める予定だ。とはいえ、生産再開に必要な水とガスはまだ復旧していない。ガスの代わりに、別の燃料を使うボイラーを持ち込むなどして完全復旧を急ぐ。

 自動車メーカーがこれだけ大挙して復旧支援に当たるのは、95年の阪神大震災で自動車部品を生産していた製鉄所などが被災して以来。それだけ国内シェア5割を占めるリケン製のピストンリングなどの部品が、必要不可欠であることを示す。

 今回、自動車工場を止めた部品の一つピストンリングは、エンジンのピストンに取り付ける金属製の輪で乗用車用は直径7センチ、厚さ1ミリほど。ミクロン単位の薄さにしたり、微妙な角度をつけたりすることで、エンジン内の摩擦を減らし、オイル消費量を減らす。「自動車の燃費が大きく変わる」(リケン営業管理部・藤井多加志次長)重要部品。メーカー側は車種ごとにリケンと共同で作り込み、精度の高いリングを開発するだけに、他社製での代替は難しい。

 敷地内には古い建物も多い。倒壊した縦長の木造倉庫は昭和初期のものだ。というのも、リケンの源流は戦前の理化学研究所。1926(大正15)年にピストンリングの製造法で世界各国の特許を取るなど、技術力の高さで知られる。大手の系列に属さない独立系のため、国内外のメーカーが競うように部品供給を受けた。だが、工場や子会社が柏崎市内に集中していたことで、被災による生産停止の影響が一気に広がった。

 リケンの古市満・柏崎事業所長は「ほぼ全メーカーから、貴重な応援をいただいた。来週にはフル生産に近い状態に戻さなければならない」と話した。

この記事の関連情報をアサヒ・コム内から検索する

PR情報

このページのトップに戻る