受話器から、聞き覚えのある親方の太い声が聞こえた。「体は大きいのか?」「まだ中2なので、待ってほしいのですが」「構わない。すぐ来てくれ」
一昨年5月。声の主は当時の時津風親方、山本順一被告=傷害致死罪で起訴=だった。力士急死事件の起きる1年あまり前に、電話をかけたときのことだ。
さいたま市の会社役員、松原輝男さん(49)は元時津風部屋の三段目力士。息子の哉太(かなた)(15)が角界入りを希望していたので、まずは出身部屋に相談してみたのだ。だが、山本被告は昔の兄弟子。「嫌な思い出がよみがえってきた。電話を切ってすぐ、預けるのはやめようと思いました」
入門した18歳のころ。午前1時に別の兄弟子から「すしを買ってこい」とお金を渡された。部屋のある両国近辺の店は閉まっている。自腹を切り、タクシーで銀座まで往復。そんな目に何度もあった。疲労でけいこに集中できない。79年、入門から2年で引退した。
「人数が少ない部屋なら親方の目が行き届くはず」。弟子が7人しかいない元横綱の貴乃花部屋を哉太の入門先にと考えた。自分が現役のころ、貴乃花親方の父親、大関貴ノ花(故人)にあこがれたことも後押しした。
今年1月、部屋に電話し、面談した。貴乃花親方からは「ゆっくり育てます。一生、面倒を見ます」と約束された。
京都府宇治市の貴乃花部屋。哉太は4年ぶりの新弟子で迎えられた。けいこはまだ見学だけ。184センチ、137キロでも本格的なスポーツ経験はない。あどけなさの残る顔で打ち明けた。「時津風の事件を知ったときは怖くなりました。けいこは厳しいから、やっていけるのか不安。でも兄弟子が親切にしてくれます」
ちゃんこの片づけが終わる夜7時から10時の消灯までは自由時間。新弟子検査のあった1日、父に電話した。「検査、終わったよ」「部屋になじんだか?」「うん。大丈夫」。入門したばかりの日より、息子の声は少し大きくなっていた。「元気にやっているようで、ほっとしました」
希望と不安の入り交じった春が、もうすぐ始まる。
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大相撲春場所(9日初日、大阪府立体育会館)は年6場所のうち入門が最も多い「就職場所」。若貴ブームで沸いた92年には、160人が新弟子検査を受けた。近年はその半分にも満たない状態が続き、今年も68人。昨年の時津風部屋の力士急死事件が、減少傾向にさらに影を落とす。今春の新弟子事情を探った。