■現状だと―長い公判期間、資料も膨大
「有罪か無罪か、刑の重さは」。裁判員制度になると、法律の素人である裁判員は難しい判断を迫られる。では、市民参加がうまく機能するための条件とは何か。
まず、いまの刑事裁判のあり方を変えないままで市民が参加したら、どんな問題が起きるのか、を考えてみたい。
最初の課題が「長引く裁判」だ。現在、法廷が開かれるペースは、1カ月か2カ月に1回程度。多くて月2回程度なので、数カ月から1年以上かかる裁判が大半だ。これでは、仕事や家事・育児、介護などをしている市民は参加しにくい。
次に、裁判員が戸惑いそうなのが、「自白の任意性」の争いだ。検察や警察が取り調べた段階で被告人が自白した内容は、「調書」に記録される。裁判で、検察側が自白調書を有罪の証拠にしようとすると、弁護側と対立することが多い。
弁護側は「自白は強制や誘導によるものだ」と主張する。検察側は「自発的に自白した」ことを立証するため、取り調べた検察官や警察官を証人に呼び、攻防は延々と続く。「果たしてどちらが本当なのか」。裁判員が判断するのは難しい。
背景にあるのが、日本の刑事裁判の特徴である著しく精密な審理だ。プロの裁判官は自白調書や関係者の調書を含めた膨大な書類を読み比べ、どの調書が信用できるかをじっくり見極めたうえで有罪か無罪かの結論にたどり着く。「精密司法」と言われるが、こうした手法を裁判員に当てはめるのは負担が重すぎる。
もう一つ、意外に重要なのが、「イメージ」だ。被告人は、運動着にサンダル履きといった服装で、手錠に腰縄をつけられて出廷することが多い。ネクタイやベルトをつけないのは「自殺防止」、靴を履かないのは「逃走防止」が理由だ。
そうした光景を裁判員が見たら「犯人にしか見えない」といったイメージが刷り込まれ、「推定無罪の原則」が実質的に骨抜きになりかねない。
■どうする―「見て聞いてわかる法廷」に
どれも難題だが、解決策はあるのだろうか。現在、市民参加の条件として議論されているものを例示したのが図だ。
「長引く裁判」について、裁判所は「連日のように法廷を開き、数日間で終わる裁判」を目指す。だが、単に全体を均一にスピードアップするだけでは、審理が空洞化してしまう。
そこで検討されているのが、「自白の任意性」を争う時間の短縮だ。有力視されているのが、密室で行われる警察や検察の取り調べの過程を録音・録画(可視化)すること。日本弁護士連合会は「すべてを残すべきだ」と主張するが、警察は「録画している状況で、容疑者は本当のことは話さない」と抵抗しており、先行きは不透明だ。
裁判官の多くは「自白調書を安心して証拠採用できる」との思いがあるので、肯定的だ。つまり、可視化は「形を変えた自白偏重を生む」可能性があることも考えておく必要がありそうだ。
可視化しても、「精密司法」では、市民参加は難しい。重要なのは、公判に参加するだけで判断できる「見て聞いてわかる法廷」の実現だ。カギは、検察側と弁護側が証拠や証人を本当に争いがあるものに厳選すること。情報量が絞られて争点が明確になれば、裁判員は判断しやすくなる。
そうなると、弁護側のプレゼンテーション能力の向上も課題になる。いまは膨大な資料の比較・検討は裁判官に任せればいいが、裁判員制度になったら、主張をわかりやすく再構成して裁判員に示すことが求められる。
また、裁判員が法廷でのやりとりに集中しながらすべてメモするのはとても無理。公判の記録を早く正確に確認できることが望まれる。裁判所の速記官の有志は速記内容をコンピューターに記録し、やりとりをその場で字幕に表示するシステムを開発している。こうした技術の活用も必要だ。
■裁判所は―被告側が不利にならぬ環境を
「みすぼらしい格好だった被告人が、保釈された後にスーツ姿で法廷に出てくると、別人かと思うことがよくあった」
裁判官は口をそろえる。まして、被告人を見慣れていない裁判員に与える影響は大きい。被告人は入廷後に手錠・腰縄を外されるのが普通だ。
そこで必要になるのが、被告人が希望する服装を認める、手錠・腰縄姿を裁判員に見せない、などの配慮だ。裁判官の前に「引きずり出された」という感じを与えないためにも、弁護人の隣に座れるようにする。弁護人と自由に話し合えるメリットも大きい。
さらに、検察側と弁護側が対等に争える環境作りも大切だ。
強制捜査権があり、人手も豊富な検察側と、個人が単位の弁護側では、集められる証拠の量と質などに大きな差がある。裁判員制度になって公判期間が短縮されると、「組織対個人」の差はさらに広がり、弁護側が圧倒的に不利になる。
検察側が開示しない証拠の中には弁護側に有利な証拠もある。弁護側は「無実の人を罰しないためには、証拠を出し惜しみするべきではない」と全面開示を求めるが、検察側は「有利な証拠が見つかるかもしれないといった『証拠あさり』は許されない」と消極的だ。
裁判員制度になると、弁護側が求める証拠の開示を検察側が拒否した場合、裁判所がどこまで開示を命令するかが焦点になる。
被告人と弁護人が綿密に意思疎通できるようにすることもカギだ。連日のように法廷が開かれることになれば、公判でわかったことを踏まえて、その日のうちに打ち合わせをする必要がある。
そのために、裁判所が被告人の保釈を可能な限り認めることも大事だ。身柄拘束が続く場合は、拘置所で夜遅くや休日にも弁護人が面会できるようにする必要がある。
こうした課題を一つひとつ解決していけば、被告人にとっても不利にならない、公正な裁判に近づく。