現在位置:asahi.com>ニュース特集>イージス艦衝突> 記事

「12分間何していた」 防衛省「2分前発見」翻す

2008年02月21日00時47分

 イージス艦「あたご」は、衝突する12分前には漁船清徳丸の存在を把握していた。防衛省が20日夕に明らかにした事実に、行方不明の父子の安否を気づかい続けている漁業仲間が怒りと不信感を募らせた。前日の「2分前に把握した」とする説明と大きく異なる内容。それだけ時間があったら事故は避けられたはず――。専門家も最新鋭艦の対応を批判する。

写真

清徳丸の引き上げ作業を海上で見た後、船を下りる乗組員の親族ら=20日午後3時25分、千葉県館山市の館山港で

 ●専門家「回避できたはず」

 「12分前に気づけばいろいろ衝突回避措置を取れたはずだ。警笛で知らせることも、針路を変えることもできただろう。漫然と過ごし、気づいたら衝突直前だったというのが実態ではないか」。海難事故に詳しい神戸大大学院の大塚裕史教授(刑法)は話す。

 当時イージス艦は10ノット(時速約19キロ)、漁船の船団は約15ノット(同約28キロ)で航行していたとされ、12分前には衝突地点までそれぞれ数キロ離れていた可能性が高い。

 防衛省の説明によると、あたごは漁船を視認後も自動操舵(そうだ)を続けた。午前4時5分ごろ、あたごの見張り員が右方向に緑色の灯火を確認。1分後、灯火の速度が上がって漁船だと確認し、ようやく後進に切り替え、手動操舵にした。衝突が起きたのはその1分後だ。

 ●なぜ自動操舵に

 自動操舵について、河野克俊・海上幕僚監部防衛部長は報道陣に、「通常、大海原で針路を変えることもなく安全だと判断する時に使う」と説明。今回の手動への切り替え時期の妥当性を問われると「現時点では評価できない」。

 だが、「自動にしていることが考えられない」と、首をひねる防衛省幹部もいる。

 海難審判に立ち会う海事補佐人を務める松井孝之弁護士も自動操舵を続けたことを疑問視する。「相手船と『見合い関係』になる2カイリ(約3.7キロ)に接近するまで法的には自由に航行できるが、船団そのものとの遭遇を避けるため、早めの減速、回避など取れる対応は多い」と指摘する。

 過去の海難審判で、衝突の危険が迫った段階で船長が操舵室にいないだけで責任を問われたことがあるといい、「イージス艦側の対応は厳しく追及されるべきだ」。

 ●当直態勢は

 午前4時は通常当直の交代時間。午前3時55分と、次の午前4時5分に灯火を視認したのは「同じ見張り員だった」と防衛省側は説明し、当直士官以下の当直乗組員が一斉に4時に変わることはない、としている。

 だが、日本財団の山田吉彦広報チームリーダーは「交代時間だったのが影響しなかったのか。見張り要員が最初に視認した情報が当直士官らにどう報告、判断されたのか、組織全体の連携を含め解明すべきだ」と話す。

 ●漁師仲間、怒り・疑問

 12分前には灯火に気づいていたとの情報に、地元漁協の関係者は怒りを新たにした。

 長一丸の渡辺秀人船長(37)は当日、現場海域で、約1.2キロ離れてイージス艦の前を横切った。「小さい船の方が視界が悪い。イージス艦は高性能なんだから、早く動いて絶対に回避すべきだった。やりきれない」と憤った。

 事故にあった清徳丸と一緒に漁場に向かっていた幸運丸の堀川宣明さん(51)も「もし漁船に気づいたなら、自船の航行の方向を知らせるためにライトを点滅させたり、船全体の作業灯をつけて位置を知らせたりするべきだ。フェリーなど一般の大型船は普段からそうした対応を取っている」と訴える。「いずれにしても自衛隊の動きは遅い」

 新勝浦市漁協の外記(げき)栄太郎組合長(79)は「12分も前に気づいていたのに、どうしてぶつかったのか。海保の調べで全容が分かることを期待したい」と語った。

PR情報

この記事の関連情報

このページのトップに戻る