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事件報道、扇情・過熱減る 「ロス疑惑」4半世紀

2008年4月6日3時2分

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写真2回目の審問を終えてサイパン地裁を出る三浦和義元社長(中央)=2月27日、サイパン・ススペ、関口聡撮影写真ロス疑惑の「主人公」だった三浦元社長に殺到する報道陣=85年1月23日、成田空港

 米ロサンゼルス市で81年に起きた妻一美さん銃撃事件の容疑者として、サイパンで逮捕、勾留(こうりゅう)された元会社社長三浦和義容疑者=日本では無罪確定=の報道が、かつてとは様変わりしている。「ロス疑惑」として過熱した四半世紀前と、その内容や取材のあり方はどう変わったのか。

 三浦元社長を支援する「人権と報道・連絡会」は、新聞・雑誌の記事を欠かさず集めている。「名誉を棄損する見出しや記事を、本人側が提訴する際に備える」と、山際永三事務局長は話す。

 同連絡会は、ロス疑惑報道が過熱した80年代にも、集めた記事を三浦元社長に提供、訴訟を支援した。今回はハードディスク・DVDレコーダーを駆使し、NHK、民放を録画しているという。

 とはいえ、メディア批評誌「創」の篠田博之編集長は「週刊誌も含め、20年前の報道に先祖返りした印象はない」とみる。

 当時はどうだったのか。ロス疑惑は84年1月からの週刊文春の連載「疑惑の銃弾」をきっかけに、ワイドショーや週刊誌が盛んに報じた。三浦元社長の全裸写真をはじめプライバシーに踏み込む内容も競うように載せた。本人も盛んにメディアに登場し、語った内容がさらに「疑惑」として報じられた。「疑惑」はこの年の流行語に選ばれる。

 当時ロス在住で、地元邦字紙の編集幹部として銃撃事件の記事を書いた北岡和義・日大特任教授(情報論)は、複数の民放のリポーターを掛け持ちした。「同じネタでいい、と頼まれた。過熱報道が突出した事件」と振り返る。

 新聞やテレビの報道部門は当初抑制的だったが、逮捕直前から激しさを増す。〈疑惑の主に光る手錠〉(東京紙面)〈疑惑の“スター”熱演に幕〉(大阪紙面)という横見出し。連行写真とともに、記事には〈薄笑いを浮かべている〉。銃撃事件の3カ月前に起きた一美さん殴打事件で逮捕された翌日の85年9月12日付の朝日新聞朝刊の社会面はこんな内容だった。

 三浦元社長がメディアを相手に次々に提訴したことも、社会的関心を高めた。

     ◇

 「ロス疑惑」以降も大きな事件が起きるたびに、報道と人権の問題がクローズアップされる。

 ロス事件当時、既に容疑者呼称を始めていたNHKを除き、朝日を含む多くの報道機関は逮捕された人を呼び捨てにしていた。

 転機は89年。都内で起きた女子高校生コンクリート詰め殺人事件や、首都圏で4人の女児が殺害された連続幼女誘拐殺人事件を巡り、「過剰報道」批判が再び巻き起こった。東京都足立区の母子強盗殺人事件では、逮捕された3少年の「非行ぶり」がしきりに報道されたが、東京家裁は結局不処分の決定を言い渡す。

 この年に死刑囚の再審無罪もあり、朝日新聞の警視庁クラブサブキャップだった清水建宇さん(60)は「容疑者呼称は不要だと主張していたのが根拠を失った」と振り返る。この年から多くのメディアが容疑者呼称に踏み切る。容疑者を「犯人視」しない報道への取り組みも本格化した。

 しかし94年、松本サリン事件では、各社が被害者の河野義行さんを容疑者のように報じる問題が生じた。98年の和歌山カレー事件では逮捕前の容疑者の自宅を報道陣が40日間も取り囲んだ。

 メディア側では00年以降、報道検証の第三者機関を設ける試みが広がった。日本新聞協会は01年、集団的過熱取材(メディアスクラム)対策の見解を出した。

 三浦元社長の今回の逮捕報道は、四半世紀にわたる報道の変化を反映している。

 朝日新聞は逮捕を報じる記事の横に、〈日本では無罪、銃撃事件〉という見出しをつけた。各紙とも審理の内容や、ロスへの移送をめぐる手続きを報じた記事が目立つ。〈弁護側「即時に釈放を」〉と、弁護側の主張が見出しになった記事もある。

 親族や事件の周辺関係者を取り上げた記事は今回、新聞各紙とも逮捕直後を除けばほとんどない。プライバシーの保護を求める代理人からの要請もあった。

 ロスでも、長年捜査にかかわってきた元捜査官ジミー佐古田氏(72)が「家族のプライバシーを尊重してほしい」と要望した。自宅にメディアが張り込んだためだ。

     ◇

 三浦元社長の著書によると、名誉棄損などの訴訟の数は約550件。和解に至った例も多く、「マスコミ倫理懇談会全国協議会」のまとめでは、民事訴訟がほぼ終結した02年5月までに出た一審判決は188件。6割が三浦元社長側勝訴だった。

 敗訴したメディアの内訳はスポーツ紙37件、週刊誌18件、放送10件、全国紙3件など。「疑惑の銃弾」は、主要部分で「真実と信じた相当の理由がある」と認められ、前科を公表した点で文春側に100万円の支払いを命じた判決が確定した。

 「判例に残る重要判決がいくつもあった。名誉棄損訴訟の歴史の流れを変えたが、一番大きな意義は、その後の紙面、放送を変えたこと」。三浦元社長の代理人の一人、喜田村洋一弁護士はいう。

 「事件報道の問題点が集約されたのが、『ロス疑惑』報道・取材だった」と話す大石泰彦・青山学院大教授(メディア法)は、その後のメディア側の取り組みも「根本的な改善につながっていないのでは」と疑問を呈する。スクラム対策も、過熱した現場を交通整理しているだけではないか、とみる。

 「ロス疑惑」は捜査が報道を後追いしたが、「新聞もそうした捜査過程を監視する役割を果たしたのか」と厳しい。戦後の報道の転機となったこの事件を再検証し、「何のために事件報道があるのか、根本的に議論すべきだ」と訴える。(松村北斗、石川智也、小堀龍之)

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