現在位置:
  1. asahi.com
  2. ニュース
  3. 特集
  4. 列島こんな話
  5. 記事

「杁」←この字読めたら愛知県民? でも意味は…

2011年7月4日11時19分

写真拡大杁(いり)と併せて使われる樋(とい)の「タツ」。ため池に立てて使う=愛知県半田市の市立博物館

写真拡大杁の仕組み

 杁中(いりなか)、杁ケ池(いりがいけ)公園、二ツ杁(ふたついり)……。「杁」という漢字は愛知県内ではおなじみだが、何を指しているのか知らない人も多いはず。愛知の農業に欠かせなかった「杁」の実物を見て、知多半島の治水の歴史や文化を学ぶ「博物館めぐり」が17日、同県半田市周辺で開かれる。

 杁のつく地名の周辺を歩いてみると、必ず行き当たるのが川や池だ。名古屋市昭和区杁中の近くには隼人(はやと)池公園、杁ケ池公園(同県長久手町)もその名の通り池がある。名鉄二ツ杁駅(同県清須市)の近くには市の水防センター、といった具合だ。

 だが、池や用水に関係するなら、日本全国に杁のつく地名があってもいいはずだ。しかし、「新版日本分県地図地名総覧」(人文社)を検索したところ、「杁」は愛知県内と、愛知、岐阜県境の岐阜県海津市の1カ所(北杁先)にしか存在しなかった。ほかの文献でも岐阜県中津川市内などこの地域に限られる。

 なぜか――。「杁は尾張でつくられた『国字』だからです」と、三重大名誉教授で「地名学入門」(大修館書店)などの著書がある鏡味明克さん(74)が教えてくれた。愛知県は丘陵地が多く、田畑に川の水を引くことが難しかった。このため、雨水を池にためて、必要に応じて農地に流すための水門が各地にあった。その取り入れ口を方言で「いり」「いる」といい、それに漢字が当てられた。木製なので、木偏に入と書いた。三河地方では土偏の「圦」を使った。

 半田市立博物館には、池に沈められた杁に垂直にさして使う「タツ」と呼ばれる長さ約3メートルの木製の樋(とい)が展示されている。これほど大きな物がほぼ原形のまま残ったのは珍しいという。木曽川から知多半島に至る愛知用水が1961年に完成するまで、ため池から周辺の田畑に水を送り続けたもので、寄贈した同市の「宮池水利組合」の杉江久男さん(81)は「水利の苦労を語る地域の『形見』として、博物館に残ったことはうれしい」と話す。

 「幕末の尾張藩」(中日出版社)などの著書がある春日井市文化財保護審議会委員の桜井芳昭さん(73)は「区画整理が進んで、ため池や水路の姿は変わったが、地域を代表する一番大事な物が地名として残っている」と解説する。

 17日の博物館めぐりは、午前9時半からあり、半田市立博物館では「杁」の説明があるほか、周辺の新美南吉記念館などもバスでめぐる。費用は無料だが、定員30人で、市博物館(0569・23・7173)への申し込みが必要。問い合わせも同博物館へ。(河原田慎一)

PR情報
検索フォーム


朝日新聞購読のご案内
新聞購読のご案内事業・サービス紹介

東日本大震災アーカイブ

グーグルアースで見る被災者の証言

個人としての思いと、かつてない規模の震災被害、その両方を同時に伝えます(無料でご覧いただけます)

プロメテウスの罠

明かされなかった福島原発事故の真実

福島第一原発の破綻を背景に、政府、官僚、東京電力、そして住民それぞれに迫った、記者たちの真実のリポート

検索

亡くなられた方々

| 記事一覧