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町ごと避難、心強さも不安も 福島県双葉町の1200人

2011年3月20日3時0分

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写真:福島県川俣町の避難所から「さいたまスーパーアリーナ」に到着した双葉町の住民たち=19日午後3時14分、さいたま市中央区、遠藤啓生撮影拡大福島県川俣町の避難所から「さいたまスーパーアリーナ」に到着した双葉町の住民たち=19日午後3時14分、さいたま市中央区、遠藤啓生撮影

写真:福島県川俣町の避難所から「さいたまスーパーアリーナ」に避難してきた双葉町の住民=19日午後3時5分、さいたま市中央区、遠藤啓生撮影拡大福島県川俣町の避難所から「さいたまスーパーアリーナ」に避難してきた双葉町の住民=19日午後3時5分、さいたま市中央区、遠藤啓生撮影

 福島第一原発の事故で、避難を指示されたり、周辺地域で危険を感じたりした人が、避難先を求めて全国に散らばった。原発近くで役場が退避を迫られた町村も「漂流」。事態が収まる見通しが立たないなか、町村長や住民は焦りを募らせている。

 福島第一原発5、6号機がある福島県双葉町。町長や町民ら約1200人は19日、埼玉県に避難した。町災害対策本部を含む町の機能も事実上移すという。人口は約6900人。このうち約2200人は震災の翌12日、福島県川俣町の避難所に避難。事故が深刻になると、県外への再避難を決定。ほかの場所に再避難する人を除き、埼玉県が受け入れることになった。

 19日午後2時すぎ、さいたま市の多目的施設「さいたまスーパーアリーナ」。双葉町民を乗せたバスなど約70台が続々と到着した。大半はマスク姿で、大きなリュックを背負ったり毛布を抱えたり。疲れた表情で避難生活を送るアリーナの通路に入った。埼玉県は夕食の弁当3千食を用意して迎えた。

 「不安な毎日だったが、埼玉県知事をはじめ、みなさんから温かいおもてなしをいただいた」。井戸川克隆町長(64)は、ほっとした様子を見せた。集団避難の理由については「1カ所に集中し、町民のみなさんに対応した方が効率的」と説明した。

 先頭のバスに乗っていた紺野智美さん(38)は「命からがらに逃げてきたので、温かい心で受け入れていただき感謝です」と話し、涙を流しながら階段を上った。でも、「この生活がいつまで続くのか」と不安も見せた。

 「親戚もいっぱいいるので、助けあえて心強い」と話す高野サダ子さん(75)は、ボランティアに両脇を支えられて入館した。故郷への思いは募る。「なんで原発をつくったのか……。復旧には期待も不安もある」

 住民を率いて約210キロの避難を決断した井戸川町長にも、まだ「先」は見えない。「(今後の方針は)全く決まっていない。あまりに突然のことで町民の暮らしを守るのに精いっぱいだった……」

 埼玉県によると、19日午後5時現在でアリーナには、このほかに、福島県から1050人、茨城、宮城県から計10人が避難している。

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