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〈世界から被災地へ〉第二の故郷「ガンバ!」 元英語教師奔走

2011年4月7日10時25分

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写真:仙台市から一時帰国したアイェレット・フォーゲルさん。「日本大好き!みんなガンバ!!」と被災地への応援メッセージを書いた=写真はすべて、ニューヨーク・田中写す拡大仙台市から一時帰国したアイェレット・フォーゲルさん。「日本大好き!みんなガンバ!!」と被災地への応援メッセージを書いた=写真はすべて、ニューヨーク・田中写す

写真:被災地への応援メッセージを書いた参加者の写真がその場で次々とフェイスブックにアップされていった。拡大被災地への応援メッセージを書いた参加者の写真がその場で次々とフェイスブックにアップされていった。

写真:「日本は第二の故郷です」。日本で英語教師だった人たちが、被災地支援のために集まった。拡大「日本は第二の故郷です」。日本で英語教師だった人たちが、被災地支援のために集まった。

 日本の高校や中学に派遣された米国の元英語教師が東日本大震災の被災者支援に奔走している。ニューヨークでは5日夜、義援金集めのパーティーがあり、多くの参加者が「第二の故郷」に思いを寄せた。

 ニューヨーク州ロングアイランド出身のアイェレット・フォーゲルさん(31)は「3・11」の当日、仙台市の自宅にいた。家具が崩れ落ち外に飛び出した。

 日本政府が英語指導の助手として招くJETプログラムで2003年8月から宮城県に滞在。3年の任期が終わっても宮城に残り、8年間で県内の七つの学校で教えた。現在は仙台育英学園の講師として働く。

 最初の2年を過ごした南三陸町や気仙沼市では津波で家を流された友人も少なくない。釣りやサーフィンをし、親友と何度も通った美しい海岸は、がれきの山になった。宮城県石巻市では、JETのテイラー・アンダーソンさん(24)が犠牲になった。

 仲間が大変なときに宮城を離れたくはなかったが、家族の懇願もあり先月18日に帰国。「米国でも出来ることがあるはず」と、義援金集めに走り回る。4月20日に学校が始まるのに合わせ、仙台に戻る予定だ。

 1987年に始まったJETプログラムは、経験者が5万人を超える。

 ニューヨークのパーティーには約300人が駆けつけ、約90万円が集まった。90年代に愛知県刈谷市に滞在したスティーブン・ホロウィッツさんによると、米国各地で同様の動きがある。「私たちはどこにいても心の中では日本人。日本で過ごした日々への恩返しをしたいのです」(ニューヨーク=田中光)

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