現在位置:
  1. asahi.com
  2. ニュース
  3. 特集
  4. 東日本大震災
  5. 記事

東海第二原発、綱渡りの3日半 停止作業の詳細明らかに

2011年5月15日11時51分

印刷印刷用画面を開く

Check

このエントリーをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録 このエントリをdel.icio.usに登録 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをBuzzurlに登録

 東日本大震災で被災した日本原子力発電の東海第二原発(茨城県)では、原子炉が安定的に停止している状態になるまでに3日半かかっていた。日本原電がまとめた資料でその作業の詳細が明らかになった。津波で非常用発電機の一部が停止し、炉内の水温や圧力を下げるため、綱渡りの作業が続いていた。

 日本原電によると、東海第二原発は3月11日の地震直後に停電した。このため非常用発電機3台が動き始め、非常用炉心冷却システム(2系統)が起動した。しかし地震から約30分後に高さ5.4メートルの津波が襲い、その影響で命綱の発電機のうち1台が停止。非常用炉心冷却システムも1系統が使えなくなった。

 こうした状況から冷却が十分進まず、地震から7時間後の時点で、原子炉内の水温は二百数十度、圧力は約67気圧。通常の運転時とほとんど変わらない状態だった。水温を下げるために注水すると水蒸気が発生して圧力が高まる。この圧力を下げるために水蒸気を格納容器内に逃がす弁の操作にも迫られた。

 同様に被災した東北電力女川原発(宮城県)は12日午前1時ごろに安定的な停止状態になった。しかし、東海第二原発の炉内の圧力は午前2時前でも約58気圧と高い状態だった。さらに午前3時ごろには約60気圧に再上昇。注水と逃し弁の開閉の繰り返しで、燃料が露出するようなことはなかったものの炉内の水位も70センチほど変動した。

 急激な温度変化は炉本体の損傷につながるような恐れもある。水温と圧力、水位の変動などを見極めながらの作業が続いた。14日午前に外部電源が復旧、深夜には止まっていた非常用炉心冷却システムもふたたび動き、炉内の水温が100度未満になる「冷温停止」の状態に至った。この間、通常の2倍以上の時間がかかったという。

 原発事故に詳しい社会技術システム安全研究所の田辺文也所長は「非常用電源が一部使えないなか、細心の注意を払う作業が続いていただろう」と話す。

 日本原電は震災を受け電源車を配備、非常用発電機の増設を決めた。福島第一原発では燃料が損傷し周辺に放射性物質が漏出した。同じ事態に陥らないか検証を進めている。(栗田有宏、中村浩彦)

検索フォーム

おすすめリンク

航空の自由化やLCCの普及は、実は鉄道会社にも旅客獲得のチャンスとなっている。

鉄道延伸や駅周辺の再開発で街は化ける。鉄路で激動する地域を徹底ルポ。

原爆と原発をつなぎあわせて「核なき世界」を真摯に追求する様々な人々の活動や思い。

禁漁になったら食べていけなくなる。漁協が考えついた苦肉の策は……。

「ゲリラ豪雨」への対策はまだ不十分。幾多の風水害の経験をどう生かしていくか。

古里を追われ避難先で必要なのは、神社の祭りといった土地の記憶だった。

朝日新聞購読のご案内
新聞購読のご案内事業・サービス紹介

東日本大震災アーカイブ

グーグルアースで見る被災者の証言

個人としての思いと、かつてない規模の震災被害、その両方を同時に伝えます(無料でご覧いただけます)

プロメテウスの罠

明かされなかった福島原発事故の真実

福島第一原発の破綻を背景に、政府、官僚、東京電力、そして住民それぞれに迫った、記者たちの真実のリポート

検索

亡くなられた方々

| 記事一覧