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会えなくなった人へ「風の電話」 岩手の庭師が自宅に

2011年5月12日11時52分

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写真:「風の電話ボックス」近くのベンチに座る佐々木格さん=4日、岩手県大槌町吉里吉里、仙波理撮影拡大「風の電話ボックス」近くのベンチに座る佐々木格さん=4日、岩手県大槌町吉里吉里、仙波理撮影

 風に乗せて、会えなくなった人に思いを伝えてください――。岩手県大槌町の庭師が震災後、自宅の庭に「メモリアルガーデン」を造り、「風の電話ボックス」を置いた。犠牲者や行方不明者の親族らの「心の復興」のきっかけになれば、と話す。

 庭は10メートル四方くらい。祈りの像と、海岸に向けて腰掛けられるベンチがある。敷石の先に白い電話ボックスがあり、中にダイヤル式の黒電話。震災前から不要になったものを譲り受けて置いていたものだった。

 「風の電話」は、佐々木格(いたる)さん(66)が震災前から考えていた。一人っきりになって電話をかけるように相手に思いを伝える空間で、実際の電話線はつながっていない。その電話機の横にはこう書いた。

 「風の電話は心で話します 静かに目を閉じ 耳を澄ましてください 風の音が又(また)は浪(なみ)の音が 或(ある)いは小鳥のさえずりが聞こえたなら あなたの想(おも)いを伝えて下さい」

 佐々木さんは12年前に大槌町の水産加工会社を早期退職し、浪板海岸の風景が気に入って、一望できる鯨山に妻子と住み着いた。4千平方メートルの荒れ地を開墾して野菜を作りながら、ガーデニングにも凝り、他人の庭造りも引き受けるようになった。

 その日は津波が海岸を襲う一部始終を、自宅から見た。波打ち際の観光ホテルが3階の窓まで突き破られ、松林が倒れた。いとこが行方不明になった。

 「あまりにも突然、多くの命が奪われた。せめて一言、最後に話がしたかった人がたくさんいるはずだ」。メモリアルガーデンを造り、「風の電話」を実現させようと思った。

 自宅は停電、断水したが、まきストーブで暖を取り、地下水を飲んでいたので生活はできた。明かりは、作りためていた蜜蝋(みつろう)のろうそくでとれた。ただ、電話もインターネットもつながらないため、「風の電話」を知る人は少ない。「どなたでも、心をいやしに来てください」(東野真和)

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