2011年5月23日13時45分
宮城県南三陸町の志津川中学校は、旧志津川町で41人が亡くなった1960年の昭和チリ地震津波の教訓を忘れまいと、海外で地震や津波が起こるたびに、生徒たちが募金活動を行い、被災地に贈っていた。震災後、チリのパトリシオ・トーレス駐日大使が志津川中を訪れ、菅原貞芳校長に対し、「来年3月に再訪し、生徒たちにチリ共和国賞を授与したい」と持ちかけたという。
南三陸町は、昭和チリ地震津波をきっかけに、チリと交流を続けてきた。91年には、イースター島にある本物と同じ石で作られたというモアイ像がチリから町に贈られた。防災と友好のシンボルとして、海辺の公園に立つ。
今回の津波で、モアイ像は上部が流された。志津川中では、167人の生徒が家を失い、11人が親を亡くした。菅原校長は「モアイの『モ』は未来、『アイ』は生存を意味する。今はその意味をもう一度、かみしめる時なのかもしれません」と話している。(三浦英之)