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「山の神」写真戻った 駅伝の今井選手、実家が津波被害

2011年6月6日5時30分

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写真:津波に襲われた場所から見つかった箱根駅伝を走る今井正人選手の写真=5日午前10時45分、福島県南相馬市原町区の馬事公苑、山本裕之撮影拡大津波に襲われた場所から見つかった箱根駅伝を走る今井正人選手の写真=5日午前10時45分、福島県南相馬市原町区の馬事公苑、山本裕之撮影

 順天堂大学時代、箱根駅伝で「山の神」の異名をとった今井正人選手(27)=トヨタ自動車九州=の福島県南相馬市の実家は、東日本大震災で津波に襲われた。家族が大切にしていた今井選手の記念の品はすべて流されたが、捜索で回収された物の中から、力走する姿の写真が見つかり、5日、家族の手に戻った。

 南相馬市小高区の実家は海岸から約2キロ。福島第一原発から20キロ以内の「警戒区域」内にある。3月11日の震災で津波を受け、2階建て住宅の1階部分が流された。住んでいた家族6人は無事だったが、1階に置いてあった今井選手の写真や賞状、トロフィー、シューズなど100点以上の品が失われた。父親の一秀さん(62)が、将来記念館を開こうと考え、そろえていたという。

 家族は県内外の親類宅などに避難。一秀さんと母親の節子さん(60)は4月中旬、初めて自宅に戻ったが、がれきの中から今井選手の品を見つけることはできなかった。

 5月から自衛隊や警察による捜索が行われ、回収された品が南相馬市の馬事公苑に集められた。住民に公開される前日の5月24日、写真があるのに市職員が気づいたという。

 「順大」のゼッケンにたすき、あえぐように口を開け、腕の時計を押している。2年生だった2005年、箱根駅伝の山登りの5区で11人抜きを演じ、区間記録を更新した瞬間の姿だ。

 大小の額に入った、同じポーズの写真が2枚。祖父の貞夫さん(90)のお気に入りで、1階の部屋に飾っていたものという。額は泥にまみれていたが、画像は鮮明に残っていた。

 一秀さんから写真発見を伝えられた今井選手は「残っていてよかった。また頑張って、プレゼントするよ」と励ましたという。

 写真は5日、市側から兄の憲夫さん(31)に渡され、茨城県日立市に避難中の一秀さんのもとに届いた。一秀さんは「目頭が熱くなった。正人の姿は、親のわたしにも『頑張らなきゃ』との思いを起こさせてくれる。家族の励みになる」と話した。(丹治翔)

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