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ベント・注水に難航…福島第一の経過、東電資料に詳細

2011年6月16日15時0分

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図:福島第一原発をめぐる現状拡大福島第一原発をめぐる現状

 東日本大震災で被災した東京電力福島第一原発で、全電源が失われた後に実施された原子炉格納容器のベント(排気)と、原子炉への注水をめぐる詳細な経緯が、朝日新聞が入手した東電の内部資料で明らかになった。原発を統括する吉田昌郎所長が、全電源喪失から1時間半後、炉心損傷などの過酷事故に至る恐れありと判断して指示を出したが、作業は思うように進まなかった様子が浮かび上がった。

 内部資料は、格納容器の圧力を抜くためのベント(排気)と、燃料を冷却するための原子炉への注水が、時系列でわかるように記されている。地震が発生した3月11日午後2時46分から、1〜3号機が相次いで爆発した15日までの経緯が、数十ページにまとめられている。

 残された記録類のほか、福島第一原発の現場作業員らからの聞き取り調査、証言などを踏まえて作成したものとみられる。

 福島第一原発では11日午後3時40分ごろ、すべての電源が失われた。午後5時12分、吉田所長は1、2号機について、過酷事故対策として用意されていた方法による注水を検討するよう指示。この段階で炉心損傷などの過酷事故につながりうるとの認識があったものとみられる。

 吉田所長はその後も再三ベントや注水の指示を出したが、作業は思うようにすすまなかった。資料では、どのように手間取ったかについて具体的な中身は詳しく書かれていないが、放射線量が上昇して原子炉建屋に立ち入りできなくなったり、隣の建屋の水素爆発の衝撃で設備が破損したりしたことなどが影響したとみられる。

 東電は中央制御室に残っていたデータを分析し5月に結果を公表したが、ベントと注水の経過については、経済産業省原子力安全・保安院に報告したうえで、6月15日の会見で公表する予定としていた。しかし、複数の関係者によると、公表について官邸側の了承が得られず、会見直前になって見送られたという。

 今回の資料は今後、福島第一原発事故の原因究明や事故対応を検証する「事故調査・検証委員会」にも提出される見通し。(板橋洋佳、西川迅)

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