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あの風景をもう一度… 震災前の三陸鉄道、映画に

2011年7月11日5時32分

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写真:震災前の海辺を走る三陸鉄道の列車=「おらほの鉄道」の一場面から、日本映画大学提供拡大震災前の海辺を走る三陸鉄道の列車=「おらほの鉄道」の一場面から、日本映画大学提供

写真:無人駅の掃除を毎日続けた80代の夫婦と1両編成の列車=いずれも「おらほの鉄道」の一場面から、日本映画大学提供拡大無人駅の掃除を毎日続けた80代の夫婦と1両編成の列車=いずれも「おらほの鉄道」の一場面から、日本映画大学提供

写真:「震災2日後、母からの家族の無事を知らせるメールを見てほっとしたら、出演者の安否が気になりました」と語る鈴木宏子さん=東京都新宿区、斎藤写す拡大「震災2日後、母からの家族の無事を知らせるメールを見てほっとしたら、出演者の安否が気になりました」と語る鈴木宏子さん=東京都新宿区、斎藤写す

図:三陸鉄道の復旧状況拡大三陸鉄道の復旧状況

 東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県の三陸鉄道。震災約3年前の沿線の人々やのどかな風景を描いたドキュメンタリー映画を川崎市麻生区の日本映画学校(現日本映画大学)の当時の在校生が撮影していた。被災地支援のため、25日に川崎市でチャリティー上映会が開かれる。

 映画のタイトルは「おらほの鉄道〜三鉄沿線奮闘記」。同校の卒業制作として、岩手県山田町出身の鈴木宏子さん(24)が、同級生2人と2008年2月に完成させた。同県宮古市のアパートに泊まり込み、約7カ月かけて撮影した。

 南リアス線甫嶺(ほれい)駅。80代の夫婦は感謝の気持ちを込め、毎日この無人駅を掃除する。自宅と診療所の往復に利用する妻は「何をするにもこの鉄道がなくてはだめ」と話す。赤字経営による廃線を心配し、涙ぐむ妻。「なぐなんねから」と励ます夫。自宅の庭のベンチに腰掛ける2人の後ろを1両編成の列車が走り、線路の向こうに海が見える。

 三陸駅のホームに地元の特産品の干し柿をつるしてPRする女性。列車内で伝統行事の「なもみ」の格好で乗客を楽しませる70代の男性……。第三セクターの三陸鉄道は94年度から赤字が続く。映画では、鉄道を存続させようと活動する住民らの姿と沿線の風景が40分にわたって描かれている。

 だが、震災の津波で三陸鉄道の線路は約6キロが流され、不通区間が3分の2を占める。当時、総務部長として撮影に立ち会った三陸鉄道の成ケ澤亨さん(49)は震災後、各駅を見て回った。壊れた駅舎、壊滅した街。映画にしか残っていない風景に心が痛んだ。

 鈴木さんも山田町の実家を津波で失った。撮影で出会った100人近くの出演者らの中には無事が確認できない人もいる。そんなおりに学校側からチャリティー上映を持ちかけられ、「未熟な作品でも、何か被災地の役に立てるかもしれない」と承諾した。

 企画した武重邦夫日本映画大相談役(72)は「川崎から全国に上映を広げていき、じっくり支援していきたい」と語る。

 成ケ澤さんは「美しく撮ってもらった風景をもう一度取り戻すまでがんばりたい」と話している。

 上映会は川崎市麻生区の市アートセンター(044・955・0107)で開かれる。1500円。04年の中越地震で被災した旧山古志村の復興を描く「1000年の山古志」と同時上映で、入場料は、経費を除き、三陸鉄道や三陸の人々への義援金となる。(斎藤博美)

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