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2011年8月1日3時49分
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最優秀賞 佐藤俊郎さん「東日本復興計画私案」

写真:佐藤俊郎さん拡大佐藤俊郎さん

■「計画」を超える「計画」は可能か

 想像を遥(はる)かに超えた惨状を前に「計画」などという言葉にさえ、ためらいを覚える。「計画」を一瞬にして無意味に帰す、見えない、決して合理では判断できない非合理な「神の手」の存在すら信じてしまう。

 これまで「計画」という行為は、機能や効率、経済性といった「合理」のもとに行われてきた。今、大震災や津波が、再度起こりうることを理解しても、故郷へ帰るという住民の「情」に似た非合理に対して、どのような論理(計画)が成り立つのか。もし、この震災が日本社会の「潮目」であるとするならば、失われた多くの犠牲に涙して、復興の未来を描かなければならない。それは計画を超えた計画であり、これまで誰も手がけたことが無い、極めて困難な計画である。

■なぜ「震災」ではなく「戦災」か

 東日本の被災地から届く映像は、まだ鮮明な記憶にある阪神・淡路や新潟・中越の「震災」とは異なっている。崩壊した建物の無残な瓦礫(がれき)の集積ではなく、地理的な情報、都市的なコンテクストや「生活の記憶」がすべて失われ、無表情の冷たい平面が広がっている。それは「震災」ではなく「戦災」のイメージであり、一瞬にしてすべてのものが消し去られた爆心地の記録写真に近いものだ。

 それは地震と津波が複合した巨大災害であるとともに、原発をふくめ、多くの社会災害が同時に発生した人為的な側面を感じるからであり、なぜ世界で唯一の被爆国が、みずから被曝(ひばく)するという悲劇が、起こったのか、という根源的な問いが、戦争に極めて類似しているからではないのか。

 「戦災」とするならば、何と戦って敗れたのか。M9.0の地球の身震いは、本来、人間の営みとは何ら関係の無い自然の事象である。甚大な被害は、地球でうたかたの生活をする「人間」の社会が作った自らの被害である。仮に自然との戦いを放棄した社会があったならば、これほどまでの犠牲は無かったはずだ。この戦いを分析し、再度戦いに備える計画か、あるいは戦いを「放棄」し、自然の事象に寄り添い「地球は借り物」と考える計画かの分岐点にある。

■社会がつくる災害

 震災直前、私は「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン(JST)」という企画調査のとりまとめ作業をしていた。調査対象地域の北九州市八幡東区は全国に先駆けて高齢化が急速に進行し、重厚長大の産業から環境モデル都市として産業構造の変換を行っているが、「縮退」に歯止めがかからない。急峻(きゅうしゅん)な斜面地は高齢化が進み、行政が未来永劫(みらいえいごう)、都市インフラを維持することが極めて困難な状況にある。

 戦後、国策として持ち家政策が進められ、「土地を所有すること」が老後の生活を保障する基盤とされてきた。また、戦後、専業主婦を前提とした家族は、だれも「家族」の定義を疑うことが無い自明のこととして、目に見えない生活保障として勤労世帯を支えてきた。そして経済大国をめざす過程で、多くの若い労働力が地方から都市へ送られ、そこで地域と分離した「会社社会」を形成していった。

 しかしながら今、急峻で道路にも接していない斜面において、多くの家が資産価値を失い、家族を失った孤独な高齢者の姿がある。そして社会から離れ行き場を失った絆がある。

 今度の震災で犠牲となった方々の正確な数字すら判明していないが、この犠牲者を上回る人々が毎年、自殺で亡くなるという社会が現に存在している。家族にかわり「孤族」が、そして、絆に代わり「無縁社会」と表現される現実がある。これを「社会災害」と呼ばずしてなんと表現すべきか。

■もし、震災が起こらなかったら……

 歴史の中に「IF」は存在しないが、もし、この東日本大震災が起こらなかったならば、私たちが「社会災害」と認識した事象が、時代とともに急速に顕在化してきたことは間違いない。ならば、この未曽有の自然災害は、縮退過程で起こるわが国の「社会災害」の問題を前倒しで加速化し、早回しのフィルムのように、極めて冷酷な手段で提起しているのではないか。

 私は、昭和28年に水俣に生まれた。「苦海浄土」に表現された不知火には、温暖な「空気」、豊穣(ほうじょう)な「海」、肥沃(ひよく)な「土」、そこには、貧しさという経済尺度で測れない別の豊かさが確実にあった。

 地元の中学校を卒業した私の叔父は、将来を嘱望され、窒素水俣工場に就職した。家族の全員が食卓を囲んで「将来は約束された」と祝ったことを覚えている。原発危機の今、生存の根源である「空気」や「海」や「土」が汚染され、規模は異なるといえ、もたらされた結果と発生した社会構造は同じであり、すべてが、どこかで聞いた顛末(てん・まつ)ではないのか。水俣はその後、「金銭」という補償問題でも住民が分断された。今回の震災でも、多くの裁判が起こされ、金額や配分で住民感情が揺さぶられ、住民同士の心が分断されていくであろう。震災後の被災者が避難先で、プライバシーが無い窮屈で過酷な生活を強いられる。これも、何度も、何度も映像で見聞きし、繰り返されてきた。

■「想定外」とは

 前例が無い、だれも経験したことが無い社会といった表現は、震災以前から、様々な場面で使われてきた常套句(じょうとうく)である。しかし、本当にそうであるのか。

 実は、多くの先見的指摘がなされ、先駆的研究が行われ、別の豊かさをもった近未来は、確実に選択できたはずである。が、その選択をしなかった結果を「前例が無い」と言っているに過ぎない。つまり、想定外ではなく、すべては想定内でのことで、その選択肢を選んでこなかった、そんな社会を作り上げてきた、それだけではないだろうか。

 ならば、この「想定外」の震災復興の姿は、3・11の前にすでに存在した、これまでと全く異なる、「合理だけではなく非合理、進歩よりも永遠の循環」(内山節)、組織より共同体の「価値観」や「生き様」、そして自然と共にある「技術」などの選択にあると考えても間違いではあるまい。

 若干の想像力をたくましくして、2020年の東日本の復興、あるいは途上の姿からバックキャスティングして、今何を選択し、どの道筋を選ぶかを定めることが可能なはずである。決して復興された姿は想定外の「想像の産物」ではないはずだ。「懐かしい未来」という表現が意味するもの、そして周回遅れの1等賞が、「新たな豊かさの指標」になり得ることも、私たちはすでに気がついている。

 本来、「サステイナブル」という言葉は、今決めることができないものは今の世代が決定しない、つまり次世代に決定の余地を残す、現世代が未来を先食いしない、という意味も含まれている。あくまで、この「地球」は世代の借り物であり、2020年を思い描くとは、計画の延長に描かれる未来像ではなく、修正可能な未来であるべきだ。

 ここで述べるのは、このような背景をもった「私案」である。

   ■  ■

 生死を分けた瞬間の生存者は、例外無く「いのち」を持ち帰った喜びを語る。ならば、インフラでもなく、経済の再生でもなく、まずは「ヒト」の情景を描いてみる。

●情景1

■2021年 犠牲者を地球へ還す

 震災から10年を経て、共同樹木霊園の木々は逞(たくま)しく成長し、桜の季節には多くの人々が故人を偲(しの)び、霊園を訪れている。復興へのまなざしは、ある意味、亡くなった方々への気持ちの離別から始まった。人々は、現実に生きなければならない。亡くなった方々をどのように哀悼をもって表現し、葬るのか、これも大きな復興の課題であった。

 震災復興のシンボルとして多くの「植樹」が行われたが、その植樹に亡くなった方の思いを込める樹木霊園が提案され、被災地の復興計画に組み込まれた。樹木霊園は、生前に故人が愛した樹木に亡くなった方のプレートが添えられ、自然環境を修景し、鎮守の森となり、防風林として、いわば死後も、被災者とともに復興を支えてきた。亡くなった方々が自然へ帰る、その素直な新しい表現の一つであった。

 従来の霊園は、多くが外国からの輸入墓石であり、その霊園も土地を造成し、いわば死者のための団地を作る結果となり、少子化の中で墓石の維持管理も問題とされてきた。犠牲者への思いは決して色あせることは無いが、今を生きる人々には厳しすぎる現実がある。その中で、死者も生者とともに地域の復活に伴走する、そんな考え方から樹木霊園は生まれた。

■2011年 創造と破壊の計画

 「創造」には必ず「破壊(廃棄)」が含まれている。うずたかく堆積(たいせき)した瓦礫、屋上に打ち上げられた漁船。その異様さは、まさに一瞬にして、朽ち果てる経過を「破壊」と成した自然の脅威である。しかし、これとて、究極、「建築はゴミ」だ、と証明したにすぎない。建設や復興には「創造的」な響きがあるが、今は、創造性に包含される破壊の結果としての「廃棄」から構築する復興計画が必要ではないだろうか。

 世界的な都市計画家、Kevin Lynch(ケビン・リンチ)の遺作が「廃棄の文化誌:Wasting Away」であったことは、創造性が廃棄や破壊と表裏一体であり、むしろ廃棄の視点から創造性を問うことを要求している。また、開発や成長を促進するのと同じように場所の衰退や優雅な「死」を手助けするのも計画家の重要な役割であるとも述べている。

 原発は、その使用済み燃料という「廃棄物」の処理が確立されていない、死を看取(みと)れない、いわば未完の技術であった。

 今回、「モノ」として破棄される瓦礫以外に、放射能や海水に浸食された多くの土地をいったんであれ、廃棄せざるをえないだろうが、リンチの指摘する「だれにとっての廃棄か?」という問いは極めて重要である。逆説的な視点を述べれば、「田んぼのめぐみ」(宇根豊)の視点で、「生産性」ではなく、生物の多様性を保持し、豊かな環境を維持してきたのが「田んぼ」であるとするならば、いま一度、廃棄される田畑への「関心と権利を緩やかに断念」(リンチ)し、国が半永久的な借地権を設定し、リザーブ用地として生態学的放棄を行う。経済作物ではなく、景観作物や環境作物という考えは、決して損失ではなく、未来の再生への原資であるはずだ。

 案外、自然は逞しく、人間以上に創造的である。その自然に寄り添う未来があるはずだ。

●情景2

■2021年 この地上に一人では生きられない

 震災直後に生まれ「希望」と名付けられた彼女は、仮設住宅で生活した後、様々な家族が同居するコレクティブの集合住宅の中で育った。父親を失っていたが、町内会の顔見知り、ボランティア活動で、そのまま住み着き、地元の女性と結婚した若い夫婦など、言わば「疑似家族」のような形で、15世帯が一つの階に住んでいる。

 家族単位で独立した住居を持つが、同時に共有スペースがあり、そこで当番制で食事を作り、ほぼ全員が顔をあわせて夕食をともにしている。掃除、菜園の世話、近所との交流など協働でおこなう作業もある。そして、他人の子供の世話をする高齢者、パソコンを教えてくれる学生など、仕事以外の仕事を通して「向こう三軒両隣」が新しい器で復活された形だ。

 失った住宅と土地を放棄し、国の買い上げに応じ、社会的企業として立ち上げた「三陸復興プロジェクト」が国からの資金をもとに、住民が共同で所有する土地に、地元の手で企画、設計、施工、そして運営を行っている。

 「遠くの家族より、近くの他人」、だれと、どのように食卓を囲んで「メシ」を食うか、何か、だれかのために働く。大げさな住環境論ではなく、一人では生きられない、新しい家族の姿がここにある。

■2011年 結ぶ計画

 毎年、今回の震災犠牲者を上回る数の方々が、身元不明の自殺、行き倒れ、餓死、凍死などで「無縁死」で亡くなっている。これは、高齢者のみならず、明日は我が身と感じている若者にも共通する「社会恐怖」である。そして無縁を押しとどめ、どこかに自分をつなぎ留める手段を模索し、「共有(シェア)」は、若者の間に確かな価値として根付き始めている。

 ルームシェアは、決して金銭的な困窮の末に選ぶ手段ではなく、自らシェアをして得られる金銭以外の価値に重きを置いた多様化した住まい方の一つである。

 長期に及ぶ復興計画において、遠隔地への疎開、あるいは既存空き家の活用、民間住宅の借り上げなど、可能な限り一直線の住環境ではなく、多様な家族形態、価値観に合った選択肢を用意し、そのためには「公共」が、公益の名の下に土地所有を含めた「私権」に積極的に介入すべきである。震災前から土地所有を原資として成立させた高齢社会の福祉スキームが破綻(はたん)しているならば、震災で不動産価値を大きく失う住民に対して、公共賃貸で多世代が労働を共有しながら豊かな住環境をめざす、住と福祉の合体スキームが計画・実行され、それが全国のモデルとなるべきではないのか。

●情景3

■2021年 「モノ」「カネ」よりも「ヒト」

 震災後、人口が激減した三陸の地方都市では大型商業施設が撤退(計画的に制限)し、商圏規模にあった小規模な商業拠点が再建された。そこでは、行政の出先機能があり、かつ地元高齢者への宅配・介護サービスを担い、子育て支援の託児所、あるいは地区食堂などを併設していた。言わば、地域の「元気力発電所」である。

 そこは、沖縄・栄町の市場に似ていた。マチグヮーと呼ばれる市場は元気な高齢者が、確かに商売をしているのだが、商業施設と言うよりも、明らかに「福祉施設」である。経済行為では測れない「価値」がやり取りされ、今では「現代アート」の活動拠点も同居している。

 この元気力発電所には、朝から近所の高齢者(オバァ)が集まり、お話(ユンタク)をし、お茶を飲みながら農産物を加工し、商品を創って販売している。震災後そのまま、この街に住み着いた首都圏の女性3人が共同経営する食堂(ババーズ)は地域の高齢者のたまり場となり、毎晩、大家族のような雰囲気が醸し出され、笑い声が深夜まで絶えない。

 大上段の「地域通貨」という前に「カネの経済」でない、「ヒトの経済」があり、地元の経済の半分が、ローカル通貨「リアス」で行われ、貨幣と非貨幣の世界が混在する、懐かしい未来が再生されている。皮肉にも国家の年金など当てにしない沖縄県民(納付率)が、「ソーシャルキャピタル」と呼ばずとも、最も豊かな人間相互保障を維持しているモデルとなったのである。

■2011年 生き甲斐(がい)の計画

 震災復興の過程で、まず緊急物資という「モノ」が必要とされた。そして、その後「カネ」という義援金や補償金が提供された。しかしながら、その後の復興は「モノ」と「カネ」だけでは不可能である。土地を去り、作業を奪われた農家の最大の悩みは「何もすることがない」「何もできない」である。つまり社会との関係性を断たれることは、生存の否定であり、精神の病を生み、最悪の場合、多くの人々が自らの命を絶つ。

 ともかく、「労働」を創ることであり、被災者であろうとも、だれかのために役立つ実感を用意することに全力を注ぐべきである。瓦礫の撤去、仮設住宅での補修など、現地での作業に給与を支給し、復興の足場を自ら創っている実感を早急に用意することが極めて重要である。

 不幸にして、今回の犠牲者の多くが高齢者であったが、本来、農村部の高齢者は「百姓」であり、身の回りのことは、自分でできる人々である。むしろ将来の計画においては、いったん地域を離れる若者が、「モノ」と「カネ」の環境から離脱した時に、どのように受け入れるか、「もどる場所」を確保し、「ヒトの経済」が成り立つ仕組みの復興が最優先である。

●情景4

■2021年 新しい主役は誰か

 彼女の住む、R市は津波で市街地が壊滅的な打撃を受けた。市役所も機能を失い、仮設庁舎で業務が再開された。機能が麻痺(まひ)した行政を支えたのが、医療、福祉の分野で活動していた市民団体であり、ボランティアを受け入れた組織でもある。

 震災復興から2年目、行政業務を肩代わりする形で、社会的企業が立ち上がり、公的仕事のワークシェアが始まった。震災後、犠牲者、および、遠隔地へ避難し、そのまま根付いた家族などで、人口は震災前の6割になり、税収の激減と構造的な少子高齢化で、市の財政は極めて厳しい状況にあった。

 この過程で、市議会のあり方が議論され、議員日当制や、夜間、週末の議会開催などが実施された。同時に、行政が担う義務的業務の多くが社会的企業に移管され、行政の中枢は、まちづくりのプロデューサーとして機能し、市民とNPO団体などがパートナーとなる「新しい共同体」のもとで、様々な計画が創られ、市民の手で実施されていった。

 その結果、小さくなった自治体ではあるが、地域主権の実が創造的自治体を生み出し、人材を含め、様々な地域資源、多様な才能を行政機能の中に取り込み、首都圏からの有能な人材の受け皿ともなった。

■2011年 復興計画は可能か

 自治体は今まで、本当に地域の問題を「解決」してきたのか。計画の策定は外部コンサルタントに依存し、交付金や補助金を事業として流し、創造性など無縁の組織をひたすら堅持してきた、それが実態ではなかったか。

 復興計画を作成する行為、そのものの妥当性も問われなければならない。

 福島の原発復旧作業で、耳と目を疑った。現代技術の粋を集めたはずの原発の復旧活動が、まさに「竹槍(たけやり)で立ち向かう」作業が行われる異常さと破綻、そして全体を俯瞰(ふかん)(大本営)し、指令を出し、命を懸けて現場の最前線で復旧活動を行う作業員へのツリーのような指揮命令系統の破綻。

 1970年の大阪万博を終焉(しゅうえん)のシンボルとして、総合計画やマスタープランといった手法の破綻は震災前から、一致した認識である。ピラミッド構造を否定し、セミ・ラチスの構造を提唱した建築家Christopher Alexander(クリストファー・アレグザンダー)の考えは、ネットワークといった思考の中で、情報の共有、フラット化が進み、リダンダンシー(代替機能)という視点からも、多様な小さな単位での自律と共存が、自治体の多様性と安定をもたらす、という選択肢としてすでに用意されている。

 電力の供給にしても、提唱されているスマートグリッドは、まさにセミ・ラチスであり、破綻の規模を最小限に抑えることができる。震災復興で、自治体の再編は不可避だと思われるが、その上位に道州制の議論が乗るのではなく、国家と道州と自治体が、ほぼ同列に並び、役割、機能でセミ・ラチスの構造を創る、その状況で計画が進行すべきである。まずは、再編が不可避な自治体から手を付けて、特区で権限と財源を移譲した「自治体デザイン」が必要である。

 この復興計画は、まず、最終的に自分の人生の問題として責任を負える当事者で進めるべきだ。部分最適解の集積が必ずしも正しい方向性を示すとは限らない。しかし、人間の存在が環境問題の唯一の汚染源であるとする「ガイア」の視点に立つならば、目に見えない微生物すら、生物的部分最適解を維持するために地上に存在する。

 借り物の地球での復興計画の策定と実施は、地域の実態に沿って、地方の創造性に期待し任せるべきである。「中心から外れた地域」を再生し、次の社会モデルの中心とする、あるいは「計画を否定し、超える計画」という非合理も、またヒトでしか創れない。

 その上で、私のような遠隔の一市民も世代に責任を持つ当事者として、必ず役に立てると信じている。

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