現在位置:
  1. 朝日新聞デジタル
  2. ニュース
  3. 特集
  4. 東日本大震災
  5. 記事
2012年2月10日18時48分
このエントリーをはてなブックマークに追加
mixiチェック

禁教で失われたキリシタン能再び 震災復興祈り3月公演

写真:新作能への抱負を語る観世清和さん=8日、東京都渋谷区、早坂元興撮影拡大新作能への抱負を語る観世清和さん=8日、東京都渋谷区、早坂元興撮影

写真:シテのイエスに用いる「中将」の面拡大シテのイエスに用いる「中将」の面

写真:中将の面で「融」を舞う観世清和さん拡大中将の面で「融」を舞う観世清和さん

写真:通常はコンサートなどが催される立教大学タッカーホール拡大通常はコンサートなどが催される立教大学タッカーホール

 能楽の観世流宗家・観世清和さん(52)が、東京で3月6日、キリスト教に題材をとった新作能「聖パウロの回心」を舞う。江戸時代に禁教で失われた「吉利支丹(キリシタン)能」を現代によみがえらせた。東日本大震災から1年の節目を前に、鎮魂と再生への祈りを込める。

 清和さんが「吉利支丹能」というものがあったと知ったのは小学生のとき。宣教師が来日していた時代、信者や各地を巡回していた能楽師によって演じられたとされるが、先代宗家の父に尋ねると「確かに存在したが記録は失われている」との返事だった。

 「はるか昔、能が西洋文化と融合していた。いかに演じたのだろう。好奇心と想像力をかき立てられ、いつか自分の手で上演できたら、と夢想した」

 息子の三郎太さん(12)がキリスト教系の立教小学校に入学したことで思いが再燃。能にも詳しい国文学者の林望さんが聖書をもとに台本を書き、東京・池袋の立教大学タッカーホールで、関係者を招いての上演にこぎつけた。

 キリスト教徒を迫害し、盲目となったパウロがイエスの使徒の手で開眼し、キリスト教に帰依する――。伝統的な能装束を用い、イエスは精悍(せいかん)だが優しさあふれる「中将」の能面で表現。イエス出現の場面では、オルガンによる聖歌の演奏も検討している。

 清和さんは「自らの過ちに気付かず猛進するパウロの姿は、自然を侮り便利な生活を享受する震災前の私たちの姿に重なる」と読み解く。だが、生者に救いをもたらすのも鎮魂の芸能。「苦難の果てに、パウロは再び未来へと歩き出す。僕に能の可能性を感じさせた吉利支丹能が現代日本によみがえり、勇気をもたらす光となれば」。イエスの姿に、人々の安寧を祈る最も神聖な能「翁」に抱く思いを重ねて演じるという。

 吉利支丹能が演じられるのは極めて珍しく、室町時代の観阿弥、世阿弥の流れをくむ観世宗家の歴史でも記録に残る限り初めて。年内には東京の観世能楽堂での公演を目指す。(西本ゆか)

検索フォーム

朝日新聞購読のご案内
新聞購読のご案内事業・サービス紹介

東日本大震災アーカイブ

グーグルアースで見る被災者の証言

個人としての思いと、かつてない規模の震災被害、その両方を同時に伝えます(無料でご覧いただけます)

プロメテウスの罠

明かされなかった福島原発事故の真実

福島第一原発の破綻を背景に、政府、官僚、東京電力、そして住民それぞれに迫った、記者たちの真実のリポート

検索

亡くなられた方々

| 記事一覧