拉致被害者曽我ひとみさんの夫ジェンキンスさんの訴追問題で米政府高官が20日、「特赦は困難」との見解を示したのは、ブッシュ大統領の置かれた厳しい状況を日本側に伝えるためだ。同時に、法定の裁判手続きを踏めば「日米間の問題にはならない」と柔軟な対応も示唆した。ジェンキンスさんが自らの有罪を認める司法取引を「落としどころ」として、事態を乗り切りたいとの思惑があるようだ。
訪米した中川秀直自民党国対委員長に、こうした考えを伝えた米国家安全保障会議(NSC)のマイケル・グリーン上級アジア部長は、米政権内で日米関係を実務レベルで取り仕切る責任者だ。政権としての「本音」を語った背景には、この問題で日米関係を悪化させたくはないとの思いがのぞく。
■大統領板挟み
ブッシュ大統領にとってこの問題は頭痛の種だ。日米関係を考えれば小泉首相が「特別な配慮」を求める以上、何とかそれに応えたいという気持ちはある。しかし、イラクではいまだに戦闘が続き、米兵に犠牲者が出ている。こうした状況で「逃亡罪」容疑をかけられているジェンキンスさんを大目に見る措置をとれば、兵士の士気に与える悪影響は計り知れない。
さらに、約3カ月後の大統領選で雌雄を決する民主党候補が、ベトナム戦争で勲功をたてたケリー上院議員とあっては、選挙への影響を考えても、ここで安易な譲歩はできない。
ところが日本の報道は、特赦など米側の譲歩に焦点を当てた形で先行している。米国のメディアにも飛び火して、曽我さんとジェンキンスさんの再会は「悲劇」として大きく取り上げられた。米国で特赦を含めた恩赦を決める権限をもつのは大統領だ。
軍の規律と士気を維持しなければならないブッシュ氏は、板挟みの状況に置かれている。
■不名誉除隊か
苦肉の策としてグリーン氏が示唆したのが、ベーカー駐日米大使も言及した「司法取引」だ。軍法会議には「審理前合意」という制度があり、審理開始に先立ち被告が罪を認めれば、量刑を軽くしてもらえることがある。しかも軍法会議は、日本など米国外でも開くことができる。
ジェンキンスさんが問われている「逃亡罪」や「反乱教唆罪」は最高刑が死刑だが、実際に米国の軍法会議で死刑は過去43年間、1件も執行されていない。ジェンキンスさんの場合、脱走からすでに約40年たち北朝鮮に住んでいたこと、高齢で病気であることなど特殊事情が重なっており、米国防総省内でも過去の判例に照らせば、判決は禁固刑や懲役刑ではなく、「不名誉除隊」にとどまるとの見方が強い。
(07/22 10:54)
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