現在位置:
  1. 朝日新聞デジタル
  2. ニュース特集
  3. ビリオメディア
  4. 記事
2012年12月23日04時00分
このエントリーをはてなブックマークに追加
mixiチェック

〈新年取材班日誌〉取材の可視化、しんどいなあ

 【仲村和代】この1カ月、「取材過程の可視化」に取り組んでいる。

〈特集〉新年取材班「ビリオメディア」

 ツイッターで何を取材しているかをつぶやき、取材相手や意見を募集。相手とのやりとりや聞いた話など、これまでなら自分のための「メモ」として残していたような話も、「原稿」の形で表に出している。舞台裏の仕掛けが丸見えの芝居をしているようなものだ。

 普段の取材では、自分の感度が頼り。本を読んだり、人に聞いたりして情報を集めても、限界がある。オープンにしていると、意外な相手から意外な意見が寄せられたり、自分では気づかなかった視点をもらえたりすることもある。

 例えば、衆院選の投開票日。投票率は低いはずなのに、フェイスブックやツイッターで「投票所に行列」という書き込みが目につき、「何でだろう?」と独り言のつもりでつぶやいたところ、予想外の反応が。「こんな理由では?」というつぶやきも来た。そこで、改めて投票した時間と場所、待ち時間を問いかけたところ、多くの回答をもらった。

 記者がどんなに現場を回っても、そこまで一度に情報を集めることはできない。そのまま記事にできるわけではなく、裏付け作業が必要だが、端緒が広がる意味は大きい。

 ただ、正直なところ、想像していた以上にしんどい。

 まず、「何を、どこまでつぶやくか」に非常に気をつかう。可視化とはいっても、何でもオープンにできるわけではない。取材相手への配慮も必要だ。「炎上マーケティング」なんて言葉も聞くが、さすがにその勇気はない。かといって、反応がなさ過ぎても困る。そのバランスが難しい。

 ツイッター上で、自分の意見や「答え」を求められることも多い。でも、論争と取材は違う。普段の取材なら、相手の意見を引き出すために必要だと思った時だけ、自分の意見を出す。相手が見えないツイッターでは、その判断が難しい。

 一方、そのためらいの理由を突き詰めてみると、途中経過を出すことへの抵抗感が、自分の中で強いことにも気づく。「ちゃんとしたことをいわなきゃ」と、まだまだ肩ひじを張っているのだと思う。

 ちなみに、企画に関わっていない同僚の記者からは、「いま何やってるの?」と無邪気に声をかけられることも多い。可視化しても見てもらえないのではどうしようもないなあ、とちょっと寂しくなる。

 何はともあれ、これまでとは違った緊張感の毎日。「何もやらないより、やって失敗する方がまし」と、自分に言い聞かせながら、日々、悩んでいる。

PR情報
検索フォーム

ビリオメディア 最新記事


朝日新聞購読のご案内
新聞購読のご案内事業・サービス紹介

アンケート・特典情報