第2回 走る研究者

腰で走る

義足スプリンターの先駆者、山本篤は研究者としての顔がある。3月まで、大阪体育大学大学院の博士課程に在籍し、運動力学を専攻した。研究を支えたのは、短距離のコーチでもある伊藤章名誉教授。科学的な側面から、山本の走りを変えていった。「足ではなく、腰で蹴ろう」大学3年生でゼミ生になった山本に、伊藤はそうアドバイスした。走りの推進力は、足ではなく腰回りにある「ちょうようきん」が生み出している。トップアスリートの走りを分析し、導き出した答えだった。「ももを使わなくても、これなら強いキック力を発揮できる」山本は一度理解をすると、ぶれない。「義足なので、できないことはある。ならばどうやって補うのか、いつも考えていた」。さっそく走りの意識を変え、筋力トレーニングも重ねた。走りは安定し、徐々にタイムは伸びていった。隆々とした山本の腰回りが、その努力を物語っている。

母校・大阪体育大でトレーニングを積む山本篤選手

義足の力で

自らの研究成果も走りにフィードバックしていった。「僕は義肢装具士で、バイオメカニクスを研究し、義足の感覚も分かっている。どんな意識をした時にタイムが速いのか、科学的に突き詰めている」ひざや股関節、足首の角度を試しながら、ストライド(=歩幅)やピッチを計測していく。自分自身を実験台として、理想のフォームを追求し、義足の改良も続けた。2012年のロンドン・パラリンピックでは、100メートル(T42クラス)を12秒92で走り6位に入賞。しかし、目標のメダルには届かなかった。山本は分析を続けた。注目したのがストライドだった。それまで左右のストライドがそろうよう意識していたが、あるとき、義足側が伸びていることに気づいた。「ならば、それぞれの足の個性を生かそう」スポーツ用義足はカーボン製で、大きく湾曲してたわみがある。その反発力を生かすため、走りのリズムを変え、義足側で蹴る力を意識的に強くした。案の定、結果はついてきた。ロンドン大会から2年後の2014年9月。山本はジャパンパラ陸上競技大会で100メートル12秒61の日本新記録で優勝した。

ストライドとタイムの動画(音声が含まれています)

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砂場は嫌い

才能は短距離だけでなく、走り幅跳びでも開花する。山本は、北京パラリンピック走り幅跳びで銀メダルを獲得し、義足選手として日本勢初のメダリストになった。今年10月にカタール・ドーハであった障害者陸上の世界選手権では、6メートル29の大会新記録をマーク。金メダルを獲得し、2連覇を果たした。厳しい練習のたまもの、と思いきや、当の本人はほとんど走り幅跳びの練習をしないという。なぜなら、「砂場は嫌いなんです。よごれるから」。助走スピードが速ければ、その分、飛距離が伸びる。そんなデータの裏付けもあり、練習は短距離に専念している。跳躍の時は義足で踏み切る。たわみを生かせるだけでなく、高く跳び上がるためには跳躍の一歩手前に沈み込む必要があるからだ。義足側のひざは地面に着いていると曲げられないため、その動作が難しい。ここでも運動力学のメソッドが生かされている。

陸上世界選手権の男子走り幅跳びで優勝した山本篤選手のジャンプ=越智貴雄撮影
陸上世界選手権男子走り幅跳びで獲得した金メダル

限界の先へ

母校・大阪体育大学のトラックで、山本は週5日、練習を続けている。午後2時に仕事を終え、暗くなるまで汗を流す。フォームの改善にも余念がない。自分の走りを録画して見てみると、タイムが悪いときには腰が固定されず動いていた。目下の課題はその克服だ。来年9月のリオ・パラリンピックの目標は100メートルで12秒5を切ること。走り幅跳びはもちろん、金メダルだ。先駆者として、日本新記録を塗り替えてきた。だからと言って、気負いはない。「常にメダルを狙う位置にいたい」まだ、トップの座を譲るつもりはない。(向井宏樹)

山本篤選手 リオに向けての動画(音声が含まれています)

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=敬称略