第3回 北欧が生んだ脚

トップを支える

義足の陸上選手として、史上初めてロンドン五輪に出場したオスカー・ピストリウス(南アフリカ)。ロンドンパラリンピックの走り幅跳び金メダリストで、五輪でもメダルが狙えるほどの記録を持つマルクス・レーム(ドイツ)。彼らの活躍のたびに注目を集めるのが、その足に装着されたカーボン製の義足だ。

スポーツ用義足で世界トップのシェアを誇るのが「ÖSSUR(オズール)」。ピストリウスやレームだけでなく、高桑さき、山本篤ら日本選手も、同社が開発した義足を使う。アスリートたちを支える最新技術はどのように生み出されているのか。人口わずか32万人ほど、北大西洋に浮かぶ島国アイスランドの首都・レイキャビクの本社を訪ねた。

日本ではまだ25度以上の夏日が続いていた10月、到着したレイキャビクはすでに10度を切る寒さだ。空はどんよりと曇り、時折雨もちらつく。売店の500ミリリットルのミネラルウォーターは日本円で500円近く。物価の高さにも驚かされた。多くの火山が存在し、世界有数の露天温泉「ブルーラグーン」でも知られる。ホテルの蛇口から出てくるお湯は、硫黄の匂い付きだ。オズール。その名前を知らない人はいないほど、レイキャビクでの知名度は高い。2008年のリーマンショックでアイスランド国内の金融機関は相次いで破綻(はたん)し、通貨の暴落でマクドナルドさえも逃げ出す経済危機を経験した。そんな中でも同社は国内では数少ない国際的企業として地位を固めていった。そんなオズールを、市民は誇りとともに語ってくれた。

アイスランドとオズールの動画(音声が含まれています)

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レイキャビクのシンボル「ハットルグリムス教会」。高い建物がない市内では、どこにいてもその姿を見ることができる
アイスランドといえばラム料理。ヒツジが海岸近くで飼われ、香草などを食べているので、臭みがなく柔らかい。でもお値段は高く、この料理は日本円で約5千円
「世界最北の首都」レイキャビク郊外の丘で撮影。アイスランドの公用語はアイスランド語だが、英語もほぼ通じる
レイキャビクの目抜き通りには、土産物屋がならぶ。店頭に巨大なバイキングの人形を並べているお店も

トイレのマークも

レイキャビクの中心地からオズールの本社までは、車で20分ほど。広い空が開けたバイパス沿いの建物は、以前は車のショールーム。その向かい側には、少し雪をかぶった山々が広がる。「Life Without Limitation(制限のない人生)」そんなスローガンが社屋の外壁に書き込まれていた。

オズール社の本社。以前は車のショールームだったいう

ちょうどお昼時。社内では明るいカフェテリアでビュッフェ形式のランチが出されていた。案内された社内のトイレのマークをふと見ると、男女とも片足は義足をつけている。義足会社ならではのアイデアだ。ゲームコーナー、カフェコーナー……。開放的な社内では、多くの社員が笑顔で言葉を交わしている。

オズールの食堂。この日のメニューは魚料理。広報によると、格安で食べられる
オズールの社員のみなさん。右から2番目がメカニカルリーダーのクリストフ。フランス出身。アイスランドに移住した理由を聞くと「妻がアイスランド人なんだ」
オズールのトイレマーク。「このサインを見た見学者は、感激してくれます」(広報)

その時だ。「何をしているか分かるような写真は撮らないで。パソコンの画面も写らないように」それまでにこやかに社内を案内していた広報の女性が、渡り廊下を通って工場エリアに入ると、だめ出しを始めた。むき出しの蛍光灯、銀色の排気用ダクトが天井を埋め尽くし、作業机の上には様々な部品とPCが並ぶ。殺風景な光景が広がるこのエリアは、企業秘密であふれている。「開放厳禁」と書かれた扉を開いて、開発室の中に入る。壁際のガラスケースには、あらゆる義足のひな型が納められていた。子供用の小さなサイズの足形もあった。「まだ開発中のものもあります。ここは本当にシークレットです」

社員はメダリスト

開発室から階段を下ると、事務スペースの脇に約70メートルのトラックが広がる。そこにいたのは、オズールで義足のテスター(試験者)を務めるジャージー姿のヘルギ・スベインソン(36)だった「少し走りましょうか」競技用の義足に付け替えたスベインソンが、トラックをゆっくりを走り始めた。次第にスピードを上げる。荒い息づかいと、義足がトラックを蹴る音が、静かなオフィスに響いた。

社内に敷かれた約70メートルのトラックを走り込むスベインソン

スベインソンはオズールの社員であると同時に、現役のアスリートでもある。ロンドンパラリンピックにも出場し、2015世界選手権カタール大会では、やり投げでの世界銅メダルを獲得した記録を持つ。20歳の時にがんで左足をひざ上から切断。ハンドボールではセミプロ級の実力だったスベインソンだが、しばらくはスポーツから離れた。オズール社に入ったのは2009年。「なかなか魂をぶつけられるものが見つけられなかった」というスベインソンは、仕事を通じて知った義足アスリートたちの活躍に刺激を受けた。スポーツの世界に再び戻り、その後はもともとの運動能力を生かして、瞬く間に世界のトップに立つまでになった。「義足は、もっと早く走りたい、という気持ちを思い出させてくれた。ひざからたくさんの『エネルギー』が伝わってくるような気がする」

遠くて近い日本

オズールの義足を両足につけ、その性能を世界に見せつけたのがピストリウスだ。しかし、ロンドン五輪の活躍後、恋人を射殺する事件を起こし、現在は裁判中。五輪でピストリウスの担当を務めたこともあるメカニカルリーダーのクリストフ・コント(36)は、事件については少し苦笑いしながらも、ピストリウスが果たした役割を振り返ってくれた。

オズールとオスカー・ピストリウスの動画(音声が含まれています)

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テスターのスベインソンが「一番いい」と太鼓判を押すのが、ピストリウスが愛用した「チーター」シリーズだ。その性能を説明してくれたクリストフの一言で、日本とアイスランドとの距離は、一気に縮まることになる。「我々の作るアスリート用の義足は、君たちの国とすごく関係が深いんだ。実は、これらの製品はすべて、日本製のカーボンを使っているんだよ」(藤田淳)

=敬称略