第5回 ボルトを超える日

メダル級のジャンプ

2015年10月、カタール・ドーハであった障害者陸上の世界選手権。右足が義足のドイツ人、マルクス・レームが走り幅跳び(T44クラス)で常識を覆す記録をたたき出した。8メートル40センチ。2位の選手と1メートル14センチ差をつけた、圧倒的な勝利だった。健常者と比べてみても、際だっている。ロンドン五輪の金メダリストの記録は8メートル31センチ、北京であった直近の世界陸上では8メートル41センチ。あくまで記録上の比較だが、レームが大会に出ていたら、金や銀のメダルに届いていた可能性がある。義足の進化とともに、健常者との境界線は薄まり、レームのように五輪選手に迫るアスリートまで登場し始めた。近い将来、義足スプリンターが最も遠くへ跳び、“人類最速”になる日はやってくるのだろうか。

障害者陸上・世界選手権の男子走り幅跳びで優勝したマルクス・レーム選手=おちたかお撮影

夢の9秒台へ

「私の計算では、2068年に男子100メートルで義足選手が五輪選手を抜きます」義足アスリートの世界的な研究者、保原浩明は断言する。産業技術総合研究所の研究員として、過去の五輪やパラリンピック選手の記録を分析し、独自の結論を導き出した。五輪金メダリストの記録を見ると、1900年のパリから2012年のロンドンまで、タイムは緩やかに更新されてきた。一方、パラリンピックは88年のソウル大会でこれまでの13秒台から一気に1.4秒近く、縮まった。その後も速いペースで記録は更新され、この傾向が続けば2068年に義足選手が追い抜く、というのだ。

インフォグラフ:男子100メートルの記録を見ると、義足選手の記録は、五輪選手と比べて速いペースで更新されています。義足アスリートの研究者は、この傾向が続けば2068年に義足選手が五輪選手を追い抜く、と指摘しています。出典:産業技術総合研究所・保原浩明研究員

保原はさらに続ける。「走り幅跳びは2016年8月下旬に健常者を超えます」つまり、リオ・パラリンピックがその舞台になる可能性があるという。保原が予測するその時代には、義足選手は9.04秒で100メートルを走り、走り幅跳びで9メートル近く跳ぶ事になる。「あくまでデータ上の想定だが、そのための科学的なサポートは惜しまない」タイム向上の背景には、アスリートの努力と同時に、義足の進化と改良の歴史がある。なかでも保原が転換点ととらえるのが1984年、カーボン繊維製の競技用義足の登場だった。義足はそれまで、あくまで歩行をサポートする道具で、パラ選手たちも日常用の義足で大会に出ていた。しかし、すねからつま先まで1枚の板とかかと部分で構成された発明品によって、滑らかな動きと速いスピードで走ることが可能になった。競技用の義足はいま、短距離走であまり使わないかかと部分が外れたり、大きくカーブを描いたりと、メーカーごとに独自の進化を遂げている。アスリートたちも、コーチや義肢装具士、保原ら研究者などのアドバイスを受けながら、性能を最大限に生かす走りを追及している。だが、義足の急速な進化によって、新たな問題が指摘されるようになった。

産業技術総合研究所・保原浩明 義足選手、五輪記録に迫るの動画(音声が含まれています)

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義足はドーピング?

義足の研究開発が進んだのは、両足が義足のオスカー・ピストリウス(南アフリカ)によるところが大きい。史上初めて五輪に出場して健常者と競い合い、義足アスリートのイメージを一変させた。ただ、義足は加速装置ではないか、という批判は依然として絶えない。「道具ドーピング」「テクニカル・ドーピング」とも呼ばれる問題だ。競技用の義足は大きく湾曲したわみがある。その弾力性が生む推進力が過剰なアドバンテージになっており、スポーツの公平性を損なわせているという指摘だ。

ロンドン・パラリンピックの陸上男子400メートルで金メダルを獲得したピストリウス選手

生み出された記録は過酷なトレーニングのたまものなのか、義足の優位性によるものなのか。義足女性として初めて、アイアンマンレースを完走した、サラ・レイナーツェンは「義足アスリートが活躍すると、いつもテクニカル・ドーピングが話題になる」と話す。かつて、水泳界では「高速水着」を着た選手が相次いで世界記録を更新し、その着用が問題視された。その後、着用は禁止されたが、記録は正式なものとして残されている。サラは「セーリングや自転車など、道具を使う競技はたくさんある。義足アスリートだけが問題になるのはやはりおかしい」と疑問を呈する。

テクニカルドーピングについて語るサラ・レイナーツェン選手の動画(音声が含まれています)

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「パラリンピックを無くしたい」

義足選手の躍進に、なぜ過敏な反応が起こるのか。スポーツライターの経験もある、おとたけ ひろただは「健常者は『障害者が劣っている』というストーリーで競技を見ている。その物語が壊されそうになると衝撃を受け、戸惑っているのだろう」と指摘する。ピストリウスの場合、五輪に出場したものの、400メートル準決勝で敗れたため「美談で済んだ」。しかし、走り幅跳びのレームは14年にドイツであった大会で健常者を破って優勝した。障害者が走れるようになると周りは持ち上げ、健常者の記録を脅かすようになると批判の的になる。このジレンマを解消するため、おとたけは「パラリンピックを無くしたい」と話す。

「パラリンピックは無くしたい」と語るおとたけひろただ

「決して障害者の活躍の機会を奪おうとしているわけではありません。オリンピックと統合することで、健常者と障害者との垣根をなくしていきたいんです」オリンピアンとパラリンピアンが同じ土俵で戦うことには否定的だ。そうではなく、柔道が体重別、水泳が泳法ごとに分かれているように、例えば100メートルを健常の部、義足の部、車いすの部、視覚障害の部などにクラス分けする方法を提案する。おとたけが注目しているのがマラソンだ。毎年恒例となった東京マラソンでは健常者の部と車いすの部が同時開催されるなど、すでに実績はある。双方のマラソン競技を五輪とパラリンピックの間に開催し、二つの大会の橋渡し的な役割を担わせたいと考えている。「何十年後かに五輪とパラリンピックが統合される日が来るかもしれない。そのとき、その先鞭(せんべん)をつけたのが2020年の東京だったと振り返ることができたら」称賛も批判も含め、義足アスリートのあり方を議論することがパラスポーツを理解する一歩となる。おとたけはそう信じている。(向井宏樹)

おとたけひろただ パラリンピックの可能性の動画(音声が含まれています)

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=敬称略