第2回 「義足男」になった気分

「恥を知るべきだ」

「義足の選手が勝てるわけない」ドイツの義足ジャンパー、マルクス・レーム。2014年の国内選手権で彼は健常選手を抑えて優勝した。その頃から、こんな声が聞こえるようになった。

義足男じゃないの動画(音声が含まれています)

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「まるで『義足男』になった気分ですよ」昨年12月、ドイツ西部の練習場で話を聞くとレームは皮肉を込めてそう言った。人々が義足のアドバンテージにばかり注目する。それが彼には納得がいかない。「義足を着けての競技には不利なことだってあります。でもそんなことは誰も話題にしません。私はハードなトレーニングをこなし、成績をあげてきたのに」憤りに近い感情が言葉になってあふれた。近年、義足などの選手が好成績をたたき出すとささやかれる言葉がある。「テクニカル・ドーピング(道具ドーピング)」。もちろんレームも例外ではない。「ドーピングは、たとえば『実力以上に好成績を出したい』『パワーをつけたい』という意図があってするものですよね? でも私には意図がありません。単に足がないから義足をつけているのです。私をドーピング扱いする人は、恥を知るべきです」レームは言い募る。「昨年の障害者陸上・世界選手権で私が8メートル40の記録を出したとき、2位の選手は7メートル26でした。私と同じ条件で義足を着けていても、です」「2013年以降、私は義足の素材や形状は変えていません。義足自体の性能は変わっていないのです」レームを指導するシュテフィ・ネリウス陸上コーチも言う。「彼は特別な才能の持ち主。感覚が優れていて、どこに力を入れればいいのかを知っているのです」

ネリウス陸上コーチと話すレーム

「同列で評価できない」

はたして義足は有利なのか、不利なのか。ケルン体育大学でスポーツの動作解析が専門のウォルフガング・ポットハースト教授は「義足だから有利だ、とは言い切れない」と話す。「健常者が集まって『あり得ない』と言っているだけで、公平とは思えない」

ケルン体育大学のポットハースト教授

ポットハーストは2008年の北京五輪前、いまのレームと同じく五輪出場を希望したオスカー・ピストリウス(南アフリカ)の動作解析をしたチームの一人だ。国際陸連(IAAF)はそのデータを基に「義足は有利」と判定。ピストリウスの五輪出場を認めなかった。だがその後、ピストリウスは別の機関の解析結果を基にスポーツ仲裁裁判所(CAS)に訴え、五輪出場が認められた。北京では五輪参加標準記録B(45秒95)に届かなかったが、12年ロンドンの舞台に立った。ポットハーストはドイツ陸連が「助走が遅いレームが助走の速い選手より遠くに跳べるはずがない」としていることにも異論を唱える。「助走が遅くても長い距離を跳ぶ健常者がいないとは言えない。たとえ義足がジャンプの瞬間は有利だとしても、助走では不利で、総合的に義足が有利とは言えないかもしれない」。自身の研究ではなく、他者の発表だが、「7メートル台を跳ぶ選手で、踏み切り直前の速度が秒速8メートル以下だった例があった」という。そして、こんな疑問も投げかけた。「アキレス腱(けん)を切った人が人工アキレス腱(けん)をつけて復帰した場合、健常者の大会に出るべきではないのでしょうか? 人工関節はどうでしょうか?」一方、レームが五輪でメダルを争うことに反対する声は、意外なところからも上がっている。障害者スポーツの関係者だ。障害の重い選手も軽い選手と一緒にプレーできるように、車椅子バスケットボールのクラス分けの基礎を作ったドイツ人のホルスト・ストローケンデル博士は、いずれ義足アスリートが健常者より好記録を出すことの方が当然になる、と考える。「義足は性能がいいもののほうが障害者にとっていい。今は健常者の記録に追いついてきたところだが、今後は義足選手の記録がもっと良くなるだろう。大会に参加することはいいことだが、健常者と同列に評価することはできない」

記録は別でもいいの動画(音声が含まれています)

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王者の提案

義足選手のオリンピック参加についてIAAFは、装具が競技上有利でないことを選手自身が証明するよう求める条件を示した。レームは首をかしげる。「一番の疑問は、自分が何を証明すればいいのかわからないことです。どういうデータを出せばいいのか。それをはっきりしてもらわないと困ります」一方で、王者はこの問題の複雑さも理解している。レームは競技を同時に行い、記録は別扱いにすることを提案する。「オリンピックという場で、健常者の記録と障害者の記録を何らかの形で比較できるような決まりを作れないでしょうか。一緒に跳んでも、評価を別にするという案もあります。背の低い人や髪形が個性的な人がいるように、障害が問題視されない世の中になってほしいのです」レームは願う。「人々の頭の中をバリアフリーにしたい。私が多くの人の前で跳ぶ意味はそこにあると感じています」。レーム側は、「どんなデータがあれば有利でないことの証明になるのか」という質問書の回答をIAAFから得てから、検証するかどうかを決めるつもりだ。

練習後、笑顔で写真撮影に応じるレーム

2016年。運命のオリンピック・パラリンピックイヤーが幕を開けた。レームがリオデジャネイロのスタジアムにやってくるのは8月(五輪)か、9月(パラリンピック)か。IAAFは難しい判断を迫られるだろう。(後藤太輔)

=敬称略