第1回 アスリートの誓い

新星、現れる

高桑さきというスプリンターがいる。義足を着けて走りだしてわずか1年、初めて挑んだ国際大会(アジア)でいきなり金メダルを獲得した。その2年後には、ロンドンでのパラリンピック本大会に出場し、みごと世界7位に輝いた。これほど短期間に陸上のスターダムへの階段を駆け上がった選手は、世界の女子パラリンピック界を見回しても近年ではごくまれだろう。しかもまだ伸び盛りの23歳。

高桑さきのプロフィール動画(音声が含まれています)

この動画の内容をテキストで読む

最高の舞台で

左足をひざの下で切断したさきの出場クラスはT44と呼ばれる。腕を失ったランナーや両足切断経験者とは別のクラスだ。2012年9月、さきはロンドン・パラリンピックでT44女子100メートルに挑んだ。さきがマークしたタイムは14秒22。世界7位で入賞を果たした。最後の種目200メートルは29秒71だった。こちらも7位である。そのレース直後、報道陣の前でさきは、意外にも涙を見せた。

T44クラスとは
  • 次のいずれかに該当するもの
  • 1. 片側の下腿部(足底の50%以上の切断を含む)で切断しており義足を装着して競技するもの
  • 2. 片側の足関節の機能を失ったもの
  • 3. 片側の足に最小の障害基準(MDC)に定められている障害のあるもの

パラスポーツ
陸上競技のクラス分け

パラスポーツ 陸上競技のクラス分けページへ

泣いたのは、結果が不本意だったからではない。「各種目とも自分のもつ力をフルに出せた」という充足感はまちがいなくあった。そうではなく、アスリートとしての自分の次の姿が突然はっきりと見えたことで、涙が瞬間あふれ出た。「世界最高のステージはこんなにレベルが高いんだ」「次も絶対パラリンピックの舞台に立ちたい」決して涙もろい方ではない。なのに胸の底のほうから何かがこみ上げてきて、抑えきれなくなった。あれから2年、振り返って思う。「自分がなぜあんなトントンと順調にロンドン・パラリンピックに出られたのか実はよくわかっていなかった。よくあるビギナーズ・ラックみたいに感じていた。でもロンドンで競技を終えたあの日、4年後をめざす理由が自分ではっきりつかめたんです。リオの舞台に絶対立ってみせると自分に誓いました」その目は、来年のリオ・パラリンピックと2020年の東京パラリンピックを前途にしっかり見すえている。

ベンチに腰掛け、競技用の義足を取り出す高桑さき選手

世界を追う

さきが挑んでいるのは100メートル走、200メートル走、走り幅跳びの3種目である。これまでもっとも力を入れてきたのは100メートル走だ。昨年7月、埼玉県上尾市であった国内大会でマークした13秒69は、堂々たる日本記録である。実は、昨年10月に驚異的な記録を出している。13秒38である。こちらは残念ながら幻に終わった。「万全の体調で迎えたレースでした。自己ベストが出せるかもというコンディションだったのに、レース中、背中にブワッと風が来たんです。突風と判定されました。私のタイムも追い風による参考記録にされてしまいました」。一緒に走った選手たちと「もったいないね」と嘆き合った。韓国・仁川で開かれたアジアパラリンピックでのことだ。パラリンピックで金メダルを争う世界の一流ランナーたちは13秒2台でしのぎを削る。さきはまだその域には達していない。自分でもわかっている。だが着実にその差を縮めつつあることも知っている。実は、走り幅跳びでも世界のトップクラスを猛追中だ。今年7月、ロンドンでの国際大会では4メートル56を飛んで、銅メダルに輝いた。「私でもパラリンピック級、世界選手権級の幅跳び選手にからんでいけるかもしれない」。たしかな手ごたえをつかんだ。同じ月、国内大会では4メートル96をマークしている。5メートルの大台に乗せることなどもう夢でも何でもない。

競技用の義足を装着してトラックを走る高桑さき選手

集大成へ

いまは、自身が「今年の集大成の場」と呼ぶ国際試合に向け、最終調整に入った。10月22日から中東カタールのドーハで開催される世界選手権大会である。秋の日差しを全身に浴びながら、横浜市内の練習用トラックで走り込んでいる。(特別編集委員・山中トシヒロ

=敬称略