第2回 ペダルをこぐのは

虹色のジャージー

両足義足のサイクリスト、ふじた まさきは表彰台の上にいた。2015年3月、オランダであったトラック競技の世界選手権。競輪のように、コースを周回しながら相手を追い抜くかタイムを競う3キロ個人追い抜きで、銀メダルを勝ち取った。 パラリンピック2大会連続のメダリストでさえ弱音を吐いた過酷なトレーニング。それに耐え続けた成果は、6年ぶりの世界選手権のメダルという形で表れた。 「ありがとうございます」。藤田の走りを分析し、厳しい練習を課してきた柿木克之にも自然と感謝の言葉が出た。何よりトレーニングが確実に身になっていることがうれしかった。藤田は「これまでのどのシーズンよりも大きな進歩だった」。 その年の夏、藤田はついに表彰台のトップに登りつめた。今度は公道を走るロード競技での世界選手権。ツール・ド・フランスの総合優勝者に与えられる「マイヨ・ジョーヌ」のように、世界選手権のチャンピオンの証しである虹色のジャージー「マイヨ・アルカンシエル」を手に入れた。 だが、藤田自身に慢心はない。リオ・パラリンピックではロード競技だけでなくトラック競技にも出場する。「全く歯が立たないレースもあり、まだまだ何でもできるチャンピオンとは言えない」

2歳年上の義肢装具士

藤田と自転車とをつなぐ二つの義足。藤田の2歳上の義肢装具士、33歳になる齋藤拓が一人で手がけてきた。 交通事故で両足を失った藤田が11年前、齋藤が勤め始めたばかりの事業所にやって来た。聞けばトライアスロンをするための義足を求めているという。「面白いやつが来たな」。齋藤の実感でも義足でスポーツをする人は100人に1人いるかどうかという時代だった。 自転車用の義足を作るのは初めての経験で、一から手探りで始めた。日常用の義足で試したが、歩きやすくするためのバネがペダルを踏むときにたわんでしまい、力が伝わりにくかった。 そこで注目したのがドリンガーと呼ばれる足部だった。バネによるたわみがないシンプルな構造だった。「自転車をこぐ機能があれば、人間と同じ形をしていなくてもいい」。藤田と齋藤の意見は一致した。削り出した木材をカーボンでおおって足部を作り、それをパイプでつなげた。2人は「ドリンガーZ」と名付けた。 結果はついてきた。北京パラリンピックで藤田は三つのメダルを獲得。続くロンドン大会では足部をチタン製に変えて強度アップと軽量化を実現し、またしてもメダルを手に入れた。 ただ、ロンドン大会を終え、齋藤の義足作りは行き詰まっていた。

モデルは「ダース・ベイダー」

足部の素材はチタンで市販されているなかでは最高級のものを選んだ。義足の角度調整も問題なかった。義足を改良しようにもいまの形状では限界に達していた。 その頃、齋藤は日本パラサイクリング連盟の義肢装具メカニックとして海外遠征にも帯同していた。そこで全く新しい形の義足と出合った。 足の装着部分からつま先まで継ぎ目のない義足。持ち主は世界選手権を何度も制覇しているイギリス人選手だった。「ベリークール(かっこいい)! ベリーライト(軽い)!」。藤田にもこんなタイプの義足を作りたい――。齋藤はつたない英語を駆使してアイデアを持ち帰ろうとした。 日本に戻った齋藤は新しい義足作りに取りかかった。カーボン素材を使って継ぎ目のない形状にすることで、足部をつなぐパイプが不要になった。その分、デザインの自由度があがりダイレクトに力が伝わるようになった。 「藤田君にはかっこいい義足をはいてほしい」。映画スター・ウォーズの登場人物「ダース・ベイダー」のイメージが一貫した義足のコンセプト。ロンドン大会から大幅にモデルチェンジした4世代目は真っ黒なカーボンと流線形の形状がシャープな印象に仕上がった。リオへは5世代目の義足で挑む。見た目は変わらないが、左右のバランス、ペダルを踏み込む位置などさらに改良を加えた。 藤田も「齋藤さんの情熱でできあがった義足。力の伝わり方や自転車の上での動きやすさは今までの中で一番良い。これだけすごい義足を作れる人は他にいないと思う」と絶賛する。 齋藤はスポーツ義足が作りたくて義肢装具士の道に進んだ。「僕の夢を藤田君がかなえてくれた。技術のすべてを詰め込んだこの義足でトップに登りつめてほしい」

苦しみながら

メダルの可能性が高いトラック競技の3キロ個人追い抜きでは、世界のトップ選手の実力は伯仲している。体格の勝る欧米選手に打ち勝つにはエンジン部分、つまりペダルを踏み込む力を上げる必要がある。 ロード競技と異なり、トラック競技には変速機がなく、ギア比を選ぶ時点から勝負は始まっている。ギア比が高ければその分、スピードは増すが、踏みこなすためにより力が必要になる。 藤田の走りを分析している柿木は、海外のライバル選手のパワー値も理論式によって推算。タイムで並ぶためにパワー値を今より10%向上させることが必要だと結論づけた。藤田のベストタイムは3分36秒164。ロンドン大会以降、ギア比を上げ続けてきたが、トップ選手の3分30秒台前半に並ぶには1年前よりさらに2段階、ギア比を上げなければならない。 トレーニングに科学的な視点を取り入れることで、藤田はさらに走りに磨きを掛けてきた。ただ、データ一辺倒になっているわけではない。 「データはいまの状態を教えてくれるだけ。そこからどうすべきかを考え抜いて実行に移す。『最後に勝つのは自分だ』という信念や意志があってはじめて前に進むことができる」 苦しみながら、もがきながら――。それでも藤田は栄光をつかみ取るため愚直にペダルをこぎ続けている。 むかい ひろき

=敬称略

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