05世界で勝ち続ける

第1回 トップの先へ

関西弁の語り口、満面の笑み。プロの車いすテニスプレーヤー・かみじ ゆいがその表情を一変させる瞬間がある。生活の道具である車いすから競技用の車いすへからだを移し替えた時だ。かみじがその「脚」をまとうと、生来の負けず嫌いがこみ上げる。そこから先のかみじは、勝つことにこだわり、ただ一点の頂を目指してコートを疾駆する。車いすにまで神経が巡り、血が通ったかのように。

車いすテニスのルールの動画

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称号を背負って

「年間グランドスラム」21歳のかみじが背負う称号だ。2014年、彼女は史上最年少となる20歳で「グランドスラム」と呼ばれる四つの大会、全豪オープン(1月)、全仏オープン(6月)、ウィンブルドン選手権(7月)、全米オープン(9月)のダブルスを制した。全仏、全米ではシングルスでも優勝を決めた。この年初めて世界ランク1位に上り詰める。「競技を始めた頃はただ家族とテニスができればいいと思っていたので、まさか自分がここまでになるとは想像もしていなかった」翌年も全豪、ウィンブルドンのダブルスで頂点に立ち、2連覇を達成。今年1月の全豪も制した。

大阪市内のテニスコートで練習するかみじゆい

どちらを選ぶか

今や女子車いすテニス界の「顔」となったかみじ。実は4年前のロンドン・パラリンピック後、競技を辞めるつもりだったという。「大学か就職のどちらか。テニスは選択肢にありませんでしたね」ロンドン大会に出場したとき、かみじは高校3年だった。卒業後は国際関係を学べる大学に進学するか、車いすでも働ける裁判の事務官になることなどを考えていた。テニスがつまらなかったわけではない。生きるためには稼がなくてはならない。車いすで働ける職場は限られ、ましてやプロで食べていくことなど考えられなかった。しかし大会後、彼女はラケットを握り続けることを決断した。「コートの空気感や選手の緊張感、ファンの熱狂。そのすべてが普段の試合とは違った。パラリンピックの大舞台で日本代表として再び戦い、また応援されたいと強く思ったんです」あの感動を再び味わうためには、4年後の舞台に行くしかない。「どうせ行くなら自分のレベルをさらに上げ、上を突き詰めてやっていく」。負けず嫌いが、競技者として生きる覚悟を決めた。リオに向けたこの思いこそが、飛躍を遂げる原動力となった。

かみじのパスポート

飛び回る日々

車いす選手は、にしこり けいら健常者と同じように大会に出てポイントを積み重ねることで、より上位の大会に出場する道が開かれる。そのため、かみじは1年の約半分を海外で過ごす。最高峰の四大大会を筆頭に、大会は七つに格付けされており、日本に格の高い試合は多くはない。ポイントを稼ぐためには、格の高い大会が行われる海外へと飛び回るしかないのだ。大会に出場するため、1週ごとに各地を転戦することも珍しくない。例えば昨年9月。第1週は米国中部のセントルイスで試合をし、翌週は全米オープンの開催地ニューヨークへ。そして、今度は大西洋を渡って約6千キロ離れたフランスに移動。最終週はイタリアのサルディーニャ島でシングルス、ダブルスの両方に出場した。競技用と生活用の2台の車いすを抱えて、単身で遠征することも多い。「海外の人たちと仲良くなって、大会ごとに友達が増えていく。新たな土地や食べ物にも出会えるので、楽しい」元々、文化や歴史が異なる国に興味を抱くかみじにとって、様々な地を転戦する今の生活は最高の環境だ。

9月1日から9月6日

米国・セントルイス

USTA車いすテニスチャンピオンシップ

9月10日から9月13日

米国・ニューヨーク

ユーエスオープン

米国セントルイスからニューヨークまで1523キロメートル

9月15日から9月20日

フランス

トヨタオープン

ニューヨークから大西洋をわたりフランスまで6000キロメートル

9月22日から9月26日

イタリア・サルディーニャ島

サルディーニャオープン

フランスからイタリア サルディーニャ島まで1000キロメートル

かみじゆい 世界をかけるの動画(音声が含まれています)

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あるショット

かみじはパラリンピックを、四大大会よりも競技を始めた頃から憧れる身近な大会として、そのタイトル獲得に意欲を燃やす。今年のリオ大会は、初出場の前回大会よりも置かれた立場、目標がまるで違う。周囲はメダルを期待し、かみじ自身も表彰台の頂点に立つことを思い描く。体は自然とコートへと向かう。例年1月の豪州遠征が終われば、2月にまとまったオフをとるが、今年はすぐに練習を再開した。今、目前のリオデジャネイロで「金」をつかむため、あるショットに磨きをかけている。朝から降り続けていた雨が上がり、晴れ間が差し込んだコートでかみじは言った。「これを実戦で使うことができれば、攻撃の幅はさらに広がり、大きな武器になるさかきばら いっせい

=敬称略