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〈メディア激変34〉発祥の地から―1 ツイッター誕生

2010年5月21日19時25分

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写真ツイッターの共同創業者ビズ・ストーンさん(左)とエバン・ウィリアムズさん=米サンフランシスコの本社、AP

 多くのIT企業を育ててきた米西海岸サンフランシスコ市。「SOMA(ソマ)」と呼ばれる新興オフィス街の一角、中規模なビルの6階に、米ツイッター社はあった。ワンフロアを使った本社事務所で、約200人が働く。

 利用者が1億人を超えたツイッター。世界をつなぐ情報ツールは、元をたどれば、3人の起業家たちがIT事業の苦境打開の副業として考えついた、小さなアイデアが原形だった。

 2005年。エバン・ウィリアムズさん(38)は、米グーグルを辞めた後で興した会社の行く末に、頭を悩ませていた。音楽・動画ソフトを検索・ダウンロードする「ポッドキャスティング」のサイトを運営する事業だったが、大手の米アップルコンピュータ(現アップル)がその年6月、自社ソフト「iTunes」に同様の機能を搭載すると発表したからだった。

 「何か副業ができないか」。ウィリアムズさんは、事業仲間のビズ・ストーンさん(36)、ジャック・ドーシーさん(33)に持ちかけた。

 ドーシーさんが、以前から温め続けていたアイデアを口にした。「自分が今何をやっているかを、いろんな友人と、ごく簡単に共有できるとしたら?」

 ドーシーさんは10代の頃から、書類や荷物を届けるため、人から人へ、街を縫うように走るバイク便を「クール(かっこいい)」と思っていた。どうすれば便が無駄なく街を回れるかに関心を持ち、独自の集配効率化ソフトを開発。大学時代には、それを売り込んで、実際にバイク便ビジネスにもかかわった。

 「スタッフがいかにリアルタイムで互いの状況を共有することが大事か」。それを痛感したドーシーさんは、バイク便ビジネスでの経験を副業に応用できないかと思いついた。何人もの間で情報を共有しあう仕組みの原形は00年に考え出し、バイク便集配ソフトにも取り込んであった。これを友人同士に広げられれば――。

 米国のIT新興企業を渡り歩き、ブログ作成ソフトの先駆け「ブロガー」を創設したことでも知られるウィリアムズさんは、ドーシーさんのアイデアに起業家魂を揺さぶられた。「3人でやってみよう」

 ドーシーさんたちは、携帯電話のSMS(ショート・メッセージ・サービス)を利用し、わずか2週間で試作品をつくった。書き込める字数を最大140字としたのは、SMSの字数制限にほぼならったためだ。06年3月21日、ドーシーさんは書き込んだ。「たった今、僕のツイッターを設定」。世界で初めてのツイッターでの発信だった。(藤えりか)

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