現在位置:
  1. asahi.com
  2. ニュース
  3. 特集
  4. メディア激変
  5. 記事

〈メディア激変36〉発祥の地から―3 知れ渡った非常時での強み

2010年5月21日19時26分

印刷

ソーシャルブックマーク このエントリをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録 このエントリをdel.icio.usに登録 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをBuzzurlに登録

写真エジプト北部マハラで2008年4月、賃上げなどを求めて与党議員(中央)に詰め寄る労働者たち。こうした現場からツイッターが発信された=田井中雅人撮影

 今年、相次いで起きたハイチやチリなどの地震では、市民や被災者らの声が地球を駆けめぐった。ツイッターは今でこそ、事件や災害で強みを発揮するツールとして知られているが、共同創業者ビズ・ストーンさん(36)は06年夏、早くもそれを予感させる経験をした。

 「あ、地震だ」。ある夜、ストーンさんは揺れを感じた。婚約者に言ったが、信じてもらえなかった。間もなくストーンさんの携帯電話に友人のつぶやきが次々と表示された。「誰か地震、感じなかった?」「僕は感じたけど、他の人は感じなかった」

 ほどなく、米ソノマを震源とする地震が実際にあったことがわかった。「ほらね!」。ストーンさんは、いち早く情報が駆けめぐるツイッターの特徴を思い知った。

 ツイッターのそんな力が一気に知れ渡ったのは08年4月、エジプト北部マハラで起きた米国人学生の拘束事件だ。

 カリフォルニア大バークリー校でジャーナリズムを専攻する大学院生ジェームズ・バックさんは、研究のためマハラに滞在していた。

 街では、食料品の高騰や低賃金に抗議するデモや集会が開かれ、当局が参加者らを拘束。それに抗議する家族や友人らが火炎瓶を投げるなど、現場は緊張が高まっていた。騒ぎの模様をカメラで撮影していたバックさんも、警官に拘束されてしまった。幸い、携帯電話は押収されず、警官の目を盗んでたった一語発信できた。

 「Arrested(拘束された)」

 バックさんの発信をフォローしていた友人らがただちに動いて、現地の米国大使館やカリフォルニア大に連絡。「生きてるけど、まだ拘置所の中」などと発信し続けるバックさんのもとに弁護士を送った。1日もたたないうちに釈放されたバックさんはさっそく書き込んだ。「Free(自由になった)」

 知り合った記者やブロガーから「情報収集に便利だ」と教えられ、ツイッターを使い始めたのはわずか数日前だった。「写真を撮れそうな場所は?」「今日は何かある?」などと書き込み、フォローしてくれる友人らが徐々に増えていたところだった。

 ツイッターは当時「『図書館に向かう途中』とか、『遅くまで働いた』とか、日常のつぶやきを書くソーシャル(交流)メディア」(米ワシントン・ポスト紙)というとらえ方が主流だった。それだけに米メディアは「つぶやきが学生を救出した」と、驚きをもって報じた。

 ツイッターは、社会に広がるメディアになった。(藤えりか)

PR情報
検索フォーム


朝日新聞購読のご案内
新聞購読のご案内事業・サービス紹介