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〈メディア激変42〉発祥の地から―9 米軍で芽生えたユーストリーム

2010年6月4日17時58分

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写真ユーストリームを創業したジョン・ハムさん=米マウンテンビュー、藤写す

 米西海岸シリコンバレーの一角マウンテンビュー市。間口の狭いビルの一室に、ユーストリームの四つ目の本社があった。4月に記者が訪ねると、廊下に男性が座り込み、パソコンを抱えながら携帯電話で話していた。「人が増えて手狭でね。この辺ではよくある光景だよ」と、共同創業者の一人で最高経営責任者(CEO)のジョン・ハムさん(31)が迎えてくれた。

 ネット上で誰もが無料で動画を中継できるユーストリーム。2007年3月のサービス開始から約3年で、月間視聴者が世界で1億1千万人を超えた新メディアの「第一歩」は、海外に派遣された米兵のため、米陸軍士官学校の元士官候補生らが始めた写真共有サービスだった。

 カンザス州の陸軍基地。士官学校を卒業し、後方支援や訓練に従事していたハムさんとブラッド・ハンスタブルさん(31)は、01年9月の米同時多発テロ後、イラクなど前線に次々送られる同僚兵士を見送りながら思っていた。「危険と隣り合わせの兵士らが、安否を心配する家族や友人と、手軽に交流できないだろうか」

 前線からも電話やネットは使えるが、電話は費用がかさむし、限られた自由時間に、個人的なメールをいくつもやり取りする余裕はない。でも、元気な姿を写真に撮ってサイトに載せれば、一度に多くの人に無事を伝えられる。

 16歳で株取引を始めたハムさんは、企業家精神が旺盛だった。ハンスタブルさんも、「前線と違って国内の基地はビジネスを考える時間が結構あった」。2人は、同級生を通じ知り合ったブダペスト在住のIT起業家ジュラ・フェフィールさん(32)の技術的な助けを得て、02〜03年ごろ、親しい人同士が写真を投稿して閲覧し合う無料サイトを始めた。利用者は米軍以外にも広がり、数十万人に。「すごいビジネスチャンスがありそうだ」。ハムさんらは思った。

 だが04年、ハムさんは韓国・大邱の米軍基地に派遣される。ハンスタブルさんも国防総省勤務になった。サイトは閉じざるを得なかった。

 米本土から遠く離れた大邱。上官の目や時差を気にして、家族とちょっと電話をするのも難しい基地生活の現実を、ハムさんは体感した。

 「ビジネスを再開しよう」。05年に退役したハムさんは、ハンスタブルさんらと連絡を取り合って、本格的に起業に乗り出した。

 久々に戻った米国では、ビデオカメラや高速通信の発達を背景に、動画投稿サイト「ユーチューブ」が台頭し始めていた。(藤えりか)

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