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〈メディア激変43〉発祥の地から―10 録画じゃ同時につながれない

2010年6月4日18時17分

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写真ユーストリームを創業したジョン・ハムさん(手前)とブラッド・ハンスタブルさん=東京都内、福岡亜純撮影

 海外の米兵と家族をつなぐ写真共有サイトを始めた元士官候補生のジョン・ハムさん(31)とブラッド・ハンスタブルさん(31)。一度中断したビジネスを再開した2005年ごろは、動画投稿サイトの幕開け期といえた。この年、米カリフォルニア州では「ユーチューブ」が、パリでは「デイリーモーション」が誕生。前年には韓国で「パンドラTV」が始動していた。

 「これからは動画だ」。退役したハムさんらは、ビジネスの核を写真から動画に変えた。

 しかし「国を離れた兵士が、愛する人と同時につながるサービス」という創業理念を曲げないためには、録画映像をサイトに載せるだけでは不十分だった。「ライブで、かつ多くの人が互いにやり取りできる双方向性がなければ」とハムさんは考え、技術的な検討を始めた。

 ちょうど、ネットは高速・大容量の通信が可能になり、ビデオカメラの機能も一般の人が使いやすいよう向上。ネットで簡単に生中継ができる下地ができつつあった。

 だが、課題はあった。生中継は「今しか見られない」気持ちを駆り立て、見る時間が録画より長くなりがちだ。広告効果は高まるが、データ通信網への負荷はその分増え、管理にも人手が必要だ。「どうにか低コストを維持したい」

 突破口は、米国の外でシステムを管理するアイデアだった。写真共有事業でも知恵を借りたブダペスト在住のIT起業家ジュラ・フェフィールさん(32)に再び連絡し、優秀な技術者を低賃金で雇えるブダペストに子会社を置いた。

 06年、米テキサス州。ハンスタブルさんは、ロック音楽とファンの歓声に満ちたライブ会場にいた。手にはウェブカメラをつけたノートパソコン。弟ネーサンさんのバンド「ベンチャー」のライブを映像に収め、パソコンに接続した第3世代(3G)通信網に乗せた。

 同じ時刻。ハムさんは約2千キロ離れたカリフォルニア州でパソコンを開いていた。画面には、ハンスタブルさんが撮っているライブ映像が、同時進行で、そのまま流れていた。

 そのころ既に、海外でもファンをつかんでいた人気バンド「ベンチャー」。テレビ放送の免許もない自分たちが、そのライブ映像を生中継し、その場にいない人も見られるなんて。「こんなのまだ市場にない。すごい価値がある」。ハムさんは目を見張った。07年3月、一般の人向けに事業を始めた。

 ネット生中継はその後、有権者に直接訴えたい政治家や、投資家にじかに語りかけたい企業家、ファンの生の声を聞きたい芸能人らにも広がっていく。(藤えりか)

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